すゞめ

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 記録的な猛暑日とやらを更新し続ける今年の夏。
 キッチンに立ち続けるのもしんどくて、極力火を使わない作り置きが増えていく。

 タマネギやブロッコリー、モヤシにキャベツをレンチンして、単品それぞれにポン酢や唐辛子をぶっかけてツナ缶を乗せた程度のシンプルな一品ばかりだ。

 ……酒のつまみしかねえ。

 キレも飲みごたえも最高なキンキンに冷えたビールがうまい季節にはなってきた。
 作っていたのは決してつまみではない。
 とはいえ、さすがにツナ缶のみで主菜と言い張るには心許なかった。

 味噌とだし汁を混ぜ合わせてすりごまを入れた。
 結局缶詰か、というところではあるがメインとなるサバ缶を取り出す。
 サバ缶、キュウリ、大葉、ミョウガ、夏の旬をふんだんに味噌の中にぶち込み、冷や汁が完成した。

 食べるときに一味でも振りかければ完璧だ。
 と、思ったところで結局、酒のあてにしようとしていたことに気がつく。
 冷や汁くらいはメインとしての体裁が保てるよう、一味の代わりになるものがないか冷蔵庫を開けた。
 
「あー……。そういえば買ってたな」

 コロン、と冷蔵庫の隅に住み着いていたのはスダチだ。
 さっぱりした風味を楽しみたいときのために買っておいていたのを思い出す。
 既にポリ袋に小分けにされていて、その内のひとつを取り出せば、柑橘の香りがふわりとキッチンに舞った。
 薄くスライスしていけば、爽やかな香りはさらに強くなる。
 若々しくツンとした匂いを冷や汁の中に溶かしていった。

「……」

 柑橘系の香りはどうしても彼女を連想させる。
 彼女が愛用している制汗剤や汗拭きシート、日焼け止めは全てシトラスの香りだ。
 彼女から溢れる清々しいのに甘やかな夏の匂い。

 その香りが急に恋しくなるのだった。


『夏の匂い』

7/1/2025, 9:32:11 PM