朱狐

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ー半袖ー


同じ県内だけれども学校も住んでる場所も違う。

高校に上がってそれぞれ勉強と部活に追われ時間もお金もない。

ガラケーでやり取りするメールに一喜一憂していたあの頃。

季節はそんな“あの頃”の梅雨。

初めて私は……いや、僕は君の半袖姿を見たんだったね。


『なんだか恥ずかしいね』


付き合って初めてのデートの待ち合わせでそんなことを言いながら少し不安げに腕を隠す君がとても愛おしく思えたのを今でも鮮明に覚えているよ。

その後乗ったデート先への電車は残念な空模様のせいかいつもより混みあっていて。

でもその分いつもより縮んだ距離感がとてもくすぐったく思えてつい目を背けてしまう僕を見て君はニヤリ、と笑う。

そして悪戯を思い付いたような顔で更に距離を縮めた君には本当に参ったよ。


そんなこんなで季節はめぐり夏が来て、半袖姿の君にようやく見慣れた頃。

花火大会の待ち合わせに現れた君は艶やかな水色が眩しい浴衣姿でニヤリと笑ったね。

デート中に突然手を組んできた時も、初めてキスした時も、文化祭にサプライズで学生服を着て現れた時も、別れの時も。

僕の心の中に残る君は未だに半袖姿で、まるでイタズラが成功した子供のようにニヤリと笑っているよ。



嗚呼、あれから何年経っただろうか?

“僕”ではなく“俺”でもなく“私”になった今。

初めてデートしたあの時のような雨音に耳を傾けつつ湧き出る若き日の思い出にそっとまた蓋をしよう。

そして半袖姿でニヤリと笑う笑顔が素敵な君が、どうか幸せな人生を歩めていますように。

5/29/2023, 10:53:07 AM