【意味がないこと】
燃えるような橙色に染まる空。キラキラと光る大海原へと、真っ赤な太陽が沈んでいく。岸壁に腰かけて二人、世界が夜へと変わりゆく瞬間を眺めていた。
「良いの? 僕と一緒にいても得なんてないのに」
効率主義で無駄なことは一切しない、それが普段の君だ。なのにどうして君は僕の隣で、無意味で無価値な黄昏時を過ごしているのか。おまえなんて産むんじゃなかったと振り下ろされた母の拳が叩き込まれた頬が、つきりと鈍く痛んだ。
君の右手が僕の左手を握り込む。繋いだ指先の温もりが、柔らかく混ざり合ってしまいそうだった。
「君の隣にいることに、価値ある意味なんて要らないからね」
どこまでも甘く穏やかな声。周囲の人々は君のことを冷徹で何を考えているかわからないと評するけれど、それはきっと君のこの表情を見たことがないからだ。慈悲深く朗らかな、君の微笑みを。
「意味がない時間でも大切に感じる。それがきっと、特別ってことなんだよ」
ゆっくりと瞳を閉じる。瞼の裏まで夕陽で赤く染まっていた。ああ、このまま昼と夜の狭間に溶け込んでしまいたい。君の優しさに包まれたまま。
重ねた手の温度だけが、僕に僕の価値を教えてくれるものだった。
11/8/2023, 9:56:51 PM