138.『10年後の私から届いた手紙』『誰よりも』『お気に入り』
『ゴールドを買え』
10年後の私から届いた手紙には、そう記されていた。
ゴールドとは金のこと。
投資の世界では、『安全資産』として有名だ。
世界情勢の影響を受けにくく、価格が安定していることからそう呼ばれる。
だが、その安全資産であるはずのゴールドが、社会不安を背景に4倍に暴騰するから買え、と言うのである。
さらに、ロシアとウクライナが戦争するという予言まで書かれていた。
にわかには信じ難い。
緊張状態にあるとはいえ、実際に戦争するとは思えなかった。
だから、この手紙は悪戯と見るのが筋だろう。
しかし一方で、私はこの手紙が、どうしても嘘を言っているようには思えなかった……
この手紙には、自分しか知りようがない『真実』が書かれているからだ。
自分が投資家であること、好きな女性のタイプ、嫌いな食べ物、初恋の相手の名前。
そして、私がインサイダー取引に手を染めているという事実までも……
このことを知っているのは、自分のほかに神様くらいのものだろう。
個人的に神様はいないと思っているので、手紙の主は自分以外にありえなかった。
手紙の主は、それらを指摘した上で『ゴールドを買え』と書いている。
悪戯だと断ずるには、真実である証拠が揃いすぎていた。
それに、インサイダーの事を知っているのなら、警察に告発するか、脅迫するのが筋である。
そのどちらもせず、『ゴールドを買え』というのは、正気とは思えなかった。
私は、一晩考えた末、ひとまずこの手紙が本当であると信じることにした。
しかし……
「効率が悪いよなぁ……」
仮に、この手紙に書かれたように、事態が推移したとしよう。
しかし、10年かけてたったの4倍だ。
正直な話、投資としての旨みが少ない。
インサイダー取引という禁じ手を使えば、資産を100倍に、いや1000倍にすることも夢ではない。
そこを、敢えてゴールドに投資する。
それもまた、正気とは思えなかった。
リスクを取って1000倍か、それとも安全を取って4倍か。
私は迷わず前者をえらんだ。
「4倍で満足するような私ではない。
資産を1000倍にして、誰よりも金を持った資産家になってやる!」
◇
10年後、私は刑務所にいた。
インサイダー取引が露見し、警察に捕まったのだ。
そして資産は没収され、手元には何一つ残ってない。
休日に乗り回したお気に入りの車も、私の物ではなくなった。
惨めな結末だった。
10年前の手紙を思い出す。
手紙の忠告に従っていれば、こんな事にはならなかった。
世界情勢は予言通りに悪化し、ロシアとウクライナは戦争したし、ゴールドは4倍に暴騰した。
あの日、欲を捨ててゴールドを買っていれば、今頃慎ましくも穏やかな日々を過ごせていただろう。
安全資産は、ただ価格が安定しているだけではない。
身の安全を保障してくれるから安全資産なのだ。
今になって、その真意に思い至った。
10年前の私は、なんと馬鹿だったのか……
過去の自分を殴り飛ばしたい!
そうして己の愚かさを嘆いている時、独房の床に見覚えのある便箋が落ちていることに気づいた。
それがどこから出てきたのか分からない。
しかし、間違いなく言えるのは、これがどうにかして10年前の自分に届くということ。
私は、過去を変えるチャンスを得たのだ。
その感動に打ち震えながら、私は筆を執った。
たくさん伝えたいことはあるが、ここは刑務所。
情報があまり入ってこず、書けることがあまり無い。
でも問題なかった。
伝えたいことは一つだけ。
手紙に知っていることを書き連ね、最後にあのフレーズを書き記す。
『ゴールドを買え』
2/25/2026, 12:29:54 PM