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地下の奥深くから(テーマ:伝えたい)


 地下の奥深く。

 危険な危険な毒が埋まっている。

 この毒は、消えるのに最低10万年必要だ。
 毒の名は放射性廃棄物という。

 10万年後。
 果たして人類はまだ生きているだろうか。

 10万年前は、ちょうど、現代人であるホモ・サピエンスがアフリカを出て世界各地に広がったとされる時期だ。
 当然、文明というべきものが積み上がる前の時代だ。

 10万年かけて人類は増えて増えて、戦って戦って、科学を発展させて、今の時代まで来た。
 しかし、この時代に作った毒の処理は、今まで人類が猿から今日までかかったのと同じくらいの時間がかかるのだ。

 人類は、これを地面に埋めようとしているが、10万年という時間は、大きな地震・津波・地殻変動・火山噴火などの多くの自然災害が起きるに十分な時間である。

 また、例えば、現代の科学・知識がすべて失われ、一から文明が構築されるにも十分な時間である。

 このため、10万年以上後においても有害な毒物を、生き物に触れさせないためには、なんとしても、この危険性を伝え、近づかせないようにしないといけない。



 ある研究室で、一人の博士と助手が話をしている。
 博士は、この10万年プロジェクトに席を連ねていたが、別に放射線の専門家ではない。

 あまり乗り気ではなかった。先の未来過ぎて伝わらないと思ったのだ。
 半ば投げやりに、助手に聞いてみる。
「どうすればいいと思う?」
「ドクロマークじゃだめですか?」
「ドクロが通じるか分からないよ。そもそもドクロって人間の頭蓋骨なので。10万年経ったら人間の文化じゃないかもしれないし。ナメクジとか。」
「手塚先生ですか?」
「そう。学生の時、図書室で読んだ。」
「じゃあ、壁画に、だんだん溶けていく生き物の絵を描くとか。」
「それは伝わるかもしれないな。」
「お、ありですか」
「でも、逆に先の絵を知りたがって深入りするかもしれない。」
「じゃあ、もう溶けた鉄とかで埋めてしまうというのは。物理的に。」
「鉄が欲しくて掘り出すかもしれない。」
「水で水没させてしまう。」
「潜られるだろ。それなら埋めた方が良いい。」
「毒蛇を繁殖させる」
「10万年も繁殖しつづけるかな」
「じゃあ、いっそ毒ガスを発生する土地にしてしまう。体調を崩す生き物が発生すると、近寄らないでしょう。」
「10万年後も発生している毒ガスってなんだよ。」
「・・・放射性物質とか」
「いや、それを触れさせないために、埋めるっていう話でしょ。」
「比較的小規模に生き物を殺す放射性物質を浅い部分に埋めておくんです。同胞が死ぬことで、危険性を訴えるんです。」
「壁画の奥はそれか。」

 人類は、何のために、これを伝えたいのか。

 伝えるしかない。
 劇物を作ってしまった人類には、同じく生きているはずの未来の同胞を殺したくはないのだから。

 仮に、同法は人間でなかったとしても、知的生命体として、同じ知的生命体を殺したいと思ってなどいないから。

「じゃあ、DNA配列の使用しないところに文字列で組み込んでおくとか、どうですか。」
「ある程度文化が発展していることが前提のメッセージだな。まあ、壁画・埋蔵・弱い放射線とやっていけば、ある程度文明が発達して、読んでくれるかな。」

 ああ、なんということか。危険を伝えるために、未来の無実の知的生命体を何人か殺すことを前提としたメッセージを送ろうとしている。

 これに、何の意味があるのか。

 助手が手を叩く。
「あれだ。我が国の文化を使うんですよ。」
「何だよ。我が国の文化って。」
「マンガですよ、マンガ。クールジャパン」
 博士は肩を落とした。一人で考えるよりマシかと思ったが、どうもこの助手は畑違いの問題には趣味を突っ込むらしい。
「10万年後の知的生命体がマンガ、読めるか?そもそも吹き出しになんて書くんだよ。根本的な話として、どこに書くんだ?石版か?」
 頭を捻る助手。
「・・・吹き出しは使いません。無文字です。コマ割りもなしです。順番に読めるかもわかりませんし。そして書くのは壁です。壁画にするんです。1コマを1部屋にして、2部屋使って描くんです。このままでは死ぬぞって。」
 博士はピンときていないが、助手は乗り気のようだった。『知り合いの同人作家に声をかけてみます』とか言っている。

「10万年後まで残すんだぞ。同人作家の絵でいいのかよ。それこそ手塚先生並みの人に頼んだほうがいいんじゃないか。」
「そんな有名人に頼んだら、ファンが見に来ちゃうかもしれないじゃないですか。」
 博士は乗り気ではなかったが、他に案がなかったので、次の会議で意見を求められたら言うか、くらいに思っていた。

(どうせ、最終処分場は世界各地にできるんだ。一つくらいそういうところがあってもいいんだろう。)



 時は流れて8万年後。

 人類の文化は終焉し、砂漠となった大地に再び植物が茂り、別の文化が栄える。
 もしかすると、その文化は人類の次ではなく、次の次とか、次の次の次とかかもしれない。

 その生物は、かつて「イルカ」と呼ばれていた哺乳類であった。
 進化に進化を重ねて適応した者が繁栄した。
 海から大地に上がり、ひれと尾びれ手足になった。道具を使い、家を作り、職業によって人が分かれ、いくつもの街ができ、それをまとめる国ができた。
 文化という物を積み上げ始めた段階だが、その数はすでに相当数に膨れ上がっていた。

 イルカは超音波を発して反響から物の位置や大きさを知ることができるエコーロケーション能力というものを持っているため、狩猟や危機回避に有用であったのだ。

 そして、幸か不幸か、文明というものを積み上げるために必然であったか、それがイルカであったときには退化していた視力が、陸上に上がってからは強化されていた。

 近くのものは超音波で正確に、遠くのものは視力によって判別した。



 この時代、過去の文明が使っていた金属の塊を探して世界中を掘り起こされていたが、その無数のグループのうち一つが、地下深くへ続く道を掘り当てた。

 掘り当てた者たちはそのまま奥に入ったが、何人かが原因不明の体調不良で倒れたため、国にその報告をした結果、危険に対する専門家が調査することになった。


 その洞窟に入ることになったのは、冒険家と呼ばれる職業のイルカ人だった。

 読んで字のごとく、危険を冒す職業だ。
 危ないかもしれない場所、よくわからない場所に率先して入っていき、成果を持ち帰る。

 当たれば名誉も得られるが、死亡率の高い職業。


 そこへ入った冒険家は、それなりに場数を踏んだ熟練の冒険家だ。

 ランプとロープと食料、(現代とは比較にならないが)空気が入ったマスクなどを用意して、中に入っていく。



 奥の大きな部屋に入り、照明を使って周囲を見たのは偶然だ。

 イルカ人類はエコーロケーション能力で部屋の形状くらいはわかるのだ。
 無理に光源が必要な訳では無い。

 しかし、その偶然が壁の絵を発見した。
 壁一面に描かれた鮮やかな絵。

「これは素晴らしい。古代文明の遺産か?」

 光が当たらなかったからだろう。色鮮やかな絵が大きく描かれていた。黄色い肌に頭に毛が生えているが、足で歩行し、手に何かを持っている。
 巣を作り、家族で何かを食べている。笑顔で溢れた街の絵。

 しかし、その部屋には絵以外にはなにもない。
 冒険家は奥の部屋に進んだ。



「ひっ」

 冒険家は、次の部屋に入ると思わず超音波を出してしまった。(人間で言うと鳥肌が立つような仕草だ)

 先の明るく温かな絵から、一転して暗く冷たい色。
 肌色は紫色になり、毛は抜け、家の中でも外でも、その生き物は横たわっていた。一見して、死んでいるように見える。

 そして、その絵の中央には、この洞窟と思しき穴から、何かが持ち出されているように見えた。

「これは・・・警告か。」

 警告。
 そうとしか思えなかった。

 その冒険家は、暫く2つの部屋の絵を見ていたが、黙って帰ることにした。
 自分が帰っても、次のやつが来るだけだとも思ったが、この絵はどうも病気を表しているように見えたのだ。

(この生き物の体は、毛が抜ける以外には破損していない。それなのに、家の中でも外でも人が倒れている。つまり、病気の元が、この奥にあるのだ。)

 冒険家は、家族や知り合いに声をかけ、この地から遠く離れようと決心した。

 ちょうど、都合がいいことに奥の部屋には当時の地図のようなものもあった。今と異なる大地もあるように見えたが、大まかな位置はわかる。
 印がついている部分が、きっと同じような場所なんだろう。

(つまり、これらの印のどこにも近づかなければいいんだ。)



 その後、逃げ帰ったことで、この冒険家の名声は地に落ちた。
 彼の主張した世界各地の危険地帯についても一笑に付されたが、一部のイルカ人は引っ越しの参考にしていた。

 そして、次の冒険家も次の次の冒険家も帰ってこなかった。
 成果が出ないので国の調査隊が入り、何人ものイルカ人が原因不明の体調不良で死んでいく中、奥にある見慣れない金属の1本にロープを結びつけて地下深くから地上へ持ち出してしまった。

 その街は放射性廃棄物で全滅し、その後、その地域は死の街として近寄らないようになった。

 イルカ人が放射性廃棄物を理解するまで、まだ数百年は必要な時代だった。


 今回の事案は、個人一人一人には伝わったが、それを指示する指導者の意思を変えるには至らなかった。


 伝えるというのは、かように難しいのである。

2/13/2024, 8:52:36 AM