【1年後】
涼やかな風が丘を吹き抜ける。腕の中の純白の花束がそよそよと風に揺れた。
「久しぶり」
整然と並んだ石の一つ、君の名の刻まれたそれの前で足を止め、そっと呼びかける。返事がないことに慣れてしまった、その事実が妙に心臓を締め付けた。
墓石の前に腰を下ろし、昔のように軽やかに口を開く。消毒液の匂いの満ちた真白い病室で、外の世界の話をねだる君に面白おかしく自分の経験を語り聞かせたように。
本当は君がいなくなった時、僕も死んでしまおうかと思った。だけど。
『もっと色々な場所を見て、そのお話を聞かせてね。約束だよ』
微笑んだ君の遺言が、空っぽの僕を生かし続けている。旅をして、たくさんの土地と文化に触れて、そうして一年に一度だけこうして君に自分の目で見たものを伝えにくる。それだけが、君のいないこの世界で僕が息をする意味だった。
「また1年後に、話にくるよ」
君の髪を撫でたのと同じように、冷たい墓石を指先でなぞる。もう君の温もりも君の声も、何一つだって思い出せない。年を重ねるにつれて、思い出せなくなることが増えていく。
1年後の僕は、君の何を忘れてしまっているのだろう。そんなことを考えながら、ただ静かに瞳を閉じた。
6/25/2023, 12:55:42 AM