黄桜

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誰もがみんな、望まれて生まれてきたわけではない。
横の病室で、女の呻き声と助産師達の声援がひどく鮮明に聴こえた。助産師のあとひと踏ん張りという言葉に、女は最後に渾身の力で踏ん張り体を脱力させた。
無事に赤子が産まれた、女の子だ。助産師が女の子を母親の前に連れて行った時、女は化け物と叫んだ。
助産師は唖然とした表情を浮かべることしかできていなかった。
ただ、横の病室で他の患者の診察をしながら思い浮かんだのは、あの赤子は望まれて生まれた訳では無かったという事実だった。
助産師は、急いで赤ちゃん一旦預かりますね〜となるべく呑気な声を出して病室を飛び出して行った。

3時間後

あの女のもとに、赤子が戻ってきたが一緒の空気も吸いたくないと言い張って赤子と助産師を病室から追い出してしまった。
助産師達は少しばかりおでこに皺を寄せていたが、その顔のまま保育室にその赤ん坊と一緒に入っていくのを私は見届けた。
あの女は、どうやら赤子の性別が気に入らなかったようだ。男が欲しいとずっと騒いでいたらしい、検査の段階で、男ともとれる状態のエコー写真の連続だったのが、女の身勝手さを加速させたのだろう。
そして、結果がこれだ。自分と同じ女とわかった途端に授かった命の紐を刃物で無理やり切ったのだ。
この女は、要するに何処まで行っても女でいたいのだ。
そこに、男との間にできた赤子が女だと分かったとなれば、男はそっちに夢中になってしまうかもしれないと恐怖が頭をチラついているのだろう。

オギャと力強い泣き声が私の思考を遮った。3時間前に取り上げたあの赤子だ。
私は、赤子の保育室の個別ケースの横に立った。赤子は、数秒程泣き続けたが、私の存在に気づいたのか小さすぎる手を私に伸ばしてきた。
私は、その手を指で壊れ物を扱う時よりも力を抜きやわらかく握った。
赤子は、その指をはっきりと視認できてはいないが、先の泣き声に負けないくらい力強く私の指を握った。
今頃、私の同期や上司があの女に色々ねちっこく説教ともとれる話でもしているのだろう。

「お前の母さんは、のんびり屋だからまだ会いに
来ないよ。」

赤子は早く呼べと言わんばかりに、指を更に握ってきたた。



少し、回り道になってしまっているね。

お終い

設定 女医は、生まれてすぐに両親に捨てられて病院の
院長に拾われて医者として育てられた。
今回、赤子に接触したのは過去の自分の
姿と孤独を感じさせないため。
彼女の言葉が本音を覆う布のようなのは、
現実を生きる彼女なりの優しさの表れ。

2/10/2024, 4:09:41 PM