初音くろ

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今日のテーマ
《愛があれば何でもできる?》





「ねえ、聞いてもいーい?」
「何?」
「愛ってなあに?」

可愛い娘がつぶらな瞳で訊いてきた。
齢5歳から発せられたとは思えない哲学的な問いに、思わず怪訝な顔をしてしまう。

「愛があれば何でもできるの?」
「愛」
「うん、愛」

一体何がどうしてそんな疑問を抱くことになったのか。
使用人達に目を向けると、彼女らは揃って苦笑いを浮かべている。

「お嬢様は、本日文字のお勉強をなさっていて、こちらの御本をご覧になったのです」
「それからずっと、わたくし共にも、奥方様にも、同じ質問を……」

説明と共に手渡された本は最近城下で流行っているという童話の絵本。
パラパラと捲ってみれば、悪い魔女に攫われた姫君を勇ましい騎士が救い出すというもののようである。
その中ほど、しっかり開き癖のついた箇所にその台詞はあった。

『おまえは魔法が使えまい。それでどうやってアタシを倒すと言うんだい?』
『魔法なんて必要ない! 私には姫を愛する想いがある』
騎士は魔女の魔法をひらりとかわし、魔女に向かって光の剣を振り下ろします。
『おのれ、こしゃくな!』
『愛さえあれば何だってできるのだ! おまえを倒すことだって!』

「愛があれば、魔法、よけられるの? 愛ってそんなすごいの?」
「うーん……」

我が国は近隣諸国から魔法大国として一目置かれている。
実際に、その恩恵で平和が保たれていると言っても過言ではない。
だからこそ、国民は――特に貴族は、幼い内から魔力の制御や研鑽に力を注ぐ。
娘もまた例外ではなく、貴族として強い魔力を持つことから、座学と並行して魔法の鍛錬を始めている。
彼女にしてみれば、愛などという不可思議なもので打ち負かされるのが納得いかないのだろう。

「お嬢様、先ほどから何度も言ってますでしょう? それは物語で、実際にはそんなことはありませんよ」
「そうですとも。それに、その魔女が打ち負かされたのは悪い魔女だからです。悪いことをしてるから、運が味方をしてくれなかったんですよ」

いたいけな子供が心を痛めているのを何とかしようと、使用人達が口々に宥める。
しかし、それらの理由は娘を納得させるには至らない。
それどころか、そうして子供騙しのような言葉で宥められることで、益々疑いを深めている節すらある。
こういう、変に頭が固いところは自分に似てしまったのかもしれないな、と私は苦笑しながら眉間に皺を寄せる娘を抱き上げた。

「まず、これは物語であって、現実のものではない。それは分かるかい?」
「うん。カンゼンチョーアクっていってタイシュー向けに分かりやすく作られたお話だってお母様が言ってた」

5歳児に一体何を教えているのだ、妻よ。
どこまで理解しているのかは疑問だが、一応フィクションだということは分かっているらしい。

「愛というのは、相手を大切に想う気持ちだ。それが強ければ強いほど、困難に……難しいことに挑戦する力が湧いてくる。おまえも婚約者の役に立つために魔法の鍛錬や勉強を頑張ってるだろう? その気持ちと同じものだ」
「……うん、がんばってる」
「しかし、現実問題として、愛があれば何でもできるかと言えば、決してそんなことはない。残念だけど、愛があってもできないことはある」
「じゃあ、どうしてこの騎士は魔女に勝てたの?」
「そうだな……騎士が振るっているのは光の剣だろう? 騎士にもきっと魔法の力があって、その力を剣に宿したからじゃないかな。きっと悪い魔女の持つ魔力と相性が悪かったんだろう」
「そっか!」

私の説明に、娘は納得したように大きく笑った。


「うわー、旦那様、雑……」
「せっかく良い話っぽかったのに台無し」
「それでいいんですか、お嬢様……!」

少し離れたところで使用人達がぶつぶつ言っているが、特に問題はないだろう。
大切なのは、いかにして娘を納得させられるかなのだから。



数日後、娘は魔法の鍛錬の際、どうすれば剣に魔法を宿せるのかと教師を質問攻めにすることになる。
そして、一緒に学んでいた婚約者である王子殿下まで娘に触発されてすっかりその気になってしまい、教師から「おかしなことを吹き込むな」と私の元へ大いに苦情が寄せられることになるのだった。





5/17/2023, 8:55:40 AM