寒さが身に染みて、この小さな家はほんとうにボロいんだと思った。隙間風が流れてきて、熱々のハーブティーを持った手だけが温かい。
あたしは窓際にいる魔女に声をかけた。
「ねえ、魔女なんだから暖炉の火を大きくするとか部屋の温度をあげるとかできないの?」
ツインテールの幼女の姿をした魔女は深緑の椅子に腰掛け、空を見上げたままこっちを見なければ返事もしない。
「ねえ、魔女さんってば。か弱い人間が震えてんだよ」
「うるさいねえ。ひとが月光浴してるのにぎゃあぎゃあと。寒さがなんだってんだ。何枚も毛布重ねてんだろ。文句言うんじゃないよ」
愛らしい幼女の姿が嘘のようなしゃがれた声だ。声だけが正しい年齢なんだろう。多分。
中学の修学旅行中、みんなとはぐれて道に迷ったと思ったら、広い野原にたどり着いた。こんな都会に田舎みたいな風景があるとか不思議だな、見たことない植物多いなとか考えてたら、この魔女が現れておやおやとため息をついた。
聞けばここは異世界だという。なにかの拍子に迷い込んだんだねと言われても、とても信じられなかった。魔女に襲いかかる怪物を見るまでは。一瞬で怪物を消滅させた魔女は振り返り、こう言った。
「仕方ないね。うちに来な。帰る時がくるまで養ってあげるよ。そのかわりにたくさん働くんだよ」
まさか魔女に弟子入りコースかと思ったら、違った。広い野原を通り抜けて、深いと森の奥の小さな家はボロかった。白い壁は端が崩れていたし、屋根の一部がなくなっていた。その家を、魔女と材料を作りリフォームしろという。
大工仕事なんて出来ないよと訴えると、魔女はいつの間にか小さな本を持っていた。赤い革の装丁のそれには金色の文字が打刻されていた。とうぜんなんて書いてあるのか分からない。
魔女は笑った。
「あたしは時間ならたっぷりあるんだ。アンタには一から勉強を教えてあげるよ。それから家を直せばいいさ。放り出されるよか、マシだろ?」
「どうせ教えてくれるんなら魔法のほうがいいんだけど」
魔女は首を振った。
「無理だね。人間には魔法は使えないし。それに簡単に使っていいもんじゃないんだ。大事な時に少し使うのがちょうどいいんだよ」
さっき怪物を倒した魔法は少しにはいるんだろうか。聞こうと思ったけどやめた。藪蛇になるような気がしたから。
それが夏前のこと。今は冬。窓の外では晴れた夜空からチラチラ雪が降ってる。大工仕事はまだ勉強中で、材料作りにすら取りかかってない。ボロい家はダイレクトに気候につながってしまう。雨が降れば雨漏りで、暑い時は木桶に井戸水をいれて足を突っ込んだりして、なんとかしのいできた。
だけど、寒さだけはどうにも出来ない。何枚毛布を重ねても服を着込んでも熱いハーブティーを飲んでも寒いものは寒い。
「魔女さん、魔法使って。お願い。か弱い人間は限界だよ?」
精一杯かわいく言ってみたけど、魔女は鼻で笑うだけだった。
「なにが限界だって? 昨日もそう言ってグースカ寝て、たらふく飯を食ったじゃないか。前にも言ったろ。魔法はすごいからこそ、小さく使うのがちょうどいいって」
「小さな魔法使って温かくしてっていってるんじゃん。それぐらいいいでしょ?」
「じゅうぶん大きな魔法だね」
魔女は月光浴を再開した。何度も話しかけても振り向いてくれなくなった。
本当に怒れてきて、あたしはテーブルのポットから空になったカップにハーブティーを注いだ。白い湯気がぶわっと広がる。
あーあ、いやになっちゃう。住んでるところはボロいし、魔女はケチだし、勉強しなきゃなんないし、いつ帰れるか分かんないし。
ハーブティーは甘くてさわやかな味がする。魔女に習ったレシピで、夕方に作っておいたものだ。いつまでたっても熱々の出来立てだ。レシピはハーブ数種類と水だけだから、ここの植物はなんかすごいと思う。
1/11/2026, 5:23:09 PM