【時計の針】
それは突然の出来事だった。
私はあまりにも急な出来事だったから、一瞬時間が止まったかの様に動けなくなった。
でも、人々の騒ぐ声、何処かが壊れたのか水が入る音、そして、、赤いランプが回る警報。
『っまずい、、』
私はシーザールルス船の船員。
主にお客様の健康状態を把握する医者の位置ではあるが、これでも一端の海兵だ。
すぐさま白衣を翻し、客の誘導に向かう。
『落ち着いてください!今状況を確認次第避難誘導を開始しますので!!』
パニックになる客達を落ち着け、最上階のレストランに集める。
『船長。』
私は難しい顔をしている船長に駆け寄る。
『うむ、、動力部分が何かで壊れてしまった。避難しなければ、あと1時間後には沈没するだろう。』
現代の技術が進んだ航海ならば、安全だとたかを括っていた。
私が船に乗り続けて初めての事故。
私は1人でに、唾をごくりと飲み込んだ。
動けない者、怪我をしている者の処置をしながら、足腰が悪い老人達から順番に誘導していく。
『大丈夫ですよ。さぁ、みなさん助かりますからね。』
優しく笑いかけながら、あくまで落ち着きを見せる。
『あの、、あの!息子が、、私の息子がいないの!』
誘導していた列の中に、1人の女性が割り入ってくる。
『、、わかりました。息子さんの服装と年齢を教えて
ください。』
情報を教えてもらい、もう水がかなり上がってきている下の階へと降りていく。
『ナシェット君ー!!返事をしてー!』
壊れたところから入ってくる水の音で、何にも聞こえない。
『、、、』
海水も膝まで使って白衣が濡れる。
何とか白衣を庇いながら、客室へ向かう。
『ナシェット君ー!!返事してー!』
『うっ、うぅ、、助けて!』
鳴き声と共に、子どもの声が聞こえた。
耳に意識を集中させると、その声はクローゼットの中から聞こえている。
水の水圧で開かなくなってるので、力技で壊してナシェット君を抱える。
彼の巻き毛っぽい金髪がキラキラと照明に反射して、彼はまるで海の王子トリトンの様だった。
『さぁ、、行こう。』
濡れてない白衣を彼に着せて、腰まで来ている海水から逃れようともがく。
『お、、お姉ちゃん、、僕達、死んじゃうのかな、、』
『だい、じょうぶ、、だよ、きっと、助かる。』
男の子を抱えながらの水中移動だからか、いつもの倍疲れる。
『っはぁ、、、はぁ、、』
やっとレストランに着いた頃には、もう甲板にもうっすらと水が浮かんでいる状態だった。
そして、どんどん船尾の方から沈んで行く。
『上に行こう。きっとお母さんもそこにいる。』
男の子をしっかり背負い直し、上を目指す。
でもそこに、彼の母親はいなかった。
先にボートに乗ってしまったのだ。
幸い、乗客のみんなはボートに乗っている。
残っているのは私と男の子と今出ようとしている最後のボート。
『、、、すみません、私はいいのでこの子を乗せてもらえませんか?お願いします!!』
上半身を折りたたむ勢いで頭を下げて、男の子を預ける。
『え、、?お姉ちゃんは、?』
『私は大丈夫。さぁ、行きな。』
泣きじゃくる男の子を促し、ボートを強制的に落とす。
『最期も一緒だ。シーザールルス。』
私が子どもの時、この客船、シーザールルスが航海を始めた。
初めて見た時、シーザールルスはとても凄みがあった。
圧倒されるほどの大きさ、そして何より、一室一室に拘った部屋。
私は一気にトリコになってしまい、さらにはこの船に船員として乗りたいと願う様になった。
願いは叶った。
シーザールルスの始まりと同時に、私の時計も動き出したのだ。
そして今、シーザールルスは終わろうとしている。
船長が何かを叫んでいる。
私は船長及び船員達に敬礼をした。
思い切り、心からの敬礼を。
『船長!今までお世話になりました!私はこの船が大好きです!この船と共に、私の人生は始まり、この船と共に今!人生を終えます!』
そして船は暗い暗い海底へと、沈んで行く。
海底は暗く、光を通さない。
船は時が止まったかの様にずっと海へ眠っているだろう。
私はシーザールルスが寂しくない様、一緒に沈んでいこうと思う。
『さぁ、、一緒に逝けば、怖くないよ。』
木製の甲板を撫で、私の時計の針も止まった。
引き上げられるその時まで。
私はシーザールルスと共に。
2/6/2024, 11:31:58 AM