かのこ

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『形の無いもの』2023.09.24


『形のあるものが全てじゃない。形の無いものが全てな時だってあるさ』
 歯の浮くようなセリフが流れてくる。画面の向こうでは、キザを絵に描いたような伊達男がキザにキメている。
 トレンチコートを着て、フェドーラ帽を被って、葉巻を食わえている。鼻の下のかの有名な喜劇王のようなヒゲすら、キザに見えてくる。そしてそれは決して嫌味ではない。
 想い人に愛する気持ちを伝えられないことを嘆く女性に、彼はそんな言葉を投げている。そんな彼だが、女性のことを好いており、なかなか複雑な立場にいるにも関わらずそうして慰めているのだから、皮肉がきいている。
「相変わらず、かっこよかね」
 そう素直に食卓を囲む彼を演じていた彼女に声をかけた。彼女は俺の妻だ。
 その隣ではうちの小さなお姫様が、うんうんと頷いている。
 きっと言葉の本質は分かっていないが、いつも優しいママのかっこいい一面に頷いているのだ。
「そりゃ、私はかっこいいから」
 そう言って妻は沢庵をかっこよく嚙み切った。スーパーで買ったお買い得の沢庵が不思議とかっこよく見えるから不思議だ。さすが、現役時代は世の女性ファンを魅了していただけある。
「みえないものってなぁに?」
 小さなお姫様がきいてくる。とたんに妻はママの顔になって娘の頭を撫でた。
「ママやパパがあなたのことを大好きってこと」
「みえないの?」
「この世にあるどんなオモチャにもお菓子にも変えられないくらい大好きなの」
「そうったい。パパもママも君のことちかっぱ愛しとーよ」
 娘は分かったような分かってないような顔をしたが、俺たちに好き好き言われて嬉しいのか、えへーとすきっ歯を見せて笑った。
 小さなお姫様、形の無いものはそういうことなんだよ。

9/24/2023, 12:40:29 PM