理想が、落ちていく。
木枯らしに吹かれて。
鍵盤と指が触れる音ひとつも聞こえない。
そんなコンサートだった。
その日、北欧の寒い夜、時間が止まったのだ。
ああ、美しいと人々は見惚れた。
街ゆく馬が疲れた顔でこちらを見ていた。
冬が訪れ、枯葉の大半は散ってしまった。
年越しに備えて人が沢山、目もくれず街を駆け回っている。とはいえ、かつてほどの人通りでは無い。
もう2年も前、彼が高台から落ちてしまったから。
あの時に初めて冬は寂しいものだと知った。
音のない新年の訪れはちっとも楽しくなかったのだ。
そこにもう期待なんてないと思っていた。
深夜の鐘がなるより早く人々は家を飛び出した。
左の手が効かなくなって、冬のソナタは消えたと思っていた。
あの夜の空気をもう二度と吸えないと思っていた。
音が減ろうと、流れが止まろうと、
それでも彼にとって音は紛れも無い言葉だったのだ。
ショパンには戻れなくても、この街に明るい年越しをくれた。
彼は、怨めしいはずの左手を誇示するように高く上げる。その先でゆるりと月は丸みを帯びた。
11/23/2024, 12:27:26 PM