この声が届いていたら結末は変わっていたのかな。
諦めることは昔から得意だ。我慢と違って終わりがあるし、継続するよりも後腐れがなく傷つかない。
痛いのも苦しいのも嫌いな私には必須のスキルであって同情や憐憫などされる謂れはない。強がりだと思うのなら好きにしたらいいよ、私は否定したからね。
いつか先輩が好きだと言っていた花を束ねて、よく口ずさんでいた洋楽の歌詞に合わせて水色のリボンで飾った。
英語なんて話せもしないのに雰囲気だけでそれっぽく歌うのを、変なの、と思いながら聴き流していた。
風が吹いて、花びらがひとひら舞って、空と海の色に紛れて見えなくなった。あんなふうに過去を一つずつ失くしていくのだろうか、なんて厨二っぽい思考に一人嘲笑していると目的の場所に着いた。
なんてことのない、ただ海が見えるだけの高台である。昔はよくここを通って学校や職場に向かったものだ。苦行でしかない日々に、この景色は地獄への行路でしかなくて、跡も何もないけれど涙と嗚咽が染み込んだ私の軌跡だ。
「もう、つらくない?」
聞き慣れた声にゆっくりと振り返る。
短い黒髪を風に靡かせて、トレードマークの白いキャップとTシャツを身に着けた、初恋の女性が立っていた。夏だというのに真っ白な肌が痛々しい。服の下に隠れた注射痕もほんのり香る薬剤の匂いも先輩が奮闘した証しだ。
「今年もさ、ちゃんとこれたよ」
そうだね。
「まさか自分がこんなことになるとはね」
先輩は髪が短い方が似合っているよ。
「もう終わりなんだってちょっと嬉しかったのにな」
…。
「あたしも、そっちがいいなあ」
私は、嫌だな。
「もし会えたら今度こそ一緒になろうね」
それは、うん、そうだけど、
それ以上は行かないで、お願いだから、まだ、
「空も海も、きれいだね」
【題:行かないでと、願ったのに】
11/3/2025, 1:58:01 PM