G14(3日に一度更新)

Open App

 愛から恋を引いたら何が残るのだろう――
 僕は、離れた場所で黙々と洗濯物を畳む、お手伝いアンドロイド『アリス』を眺めていた。
 僕にとって、アリスはどんな存在なのか。
 この頃よく考えるようになった……


 アリスは、小さい頃に親に買ってもらった最新型アンドロイドだ。
 ショーケースに展示されているのを見て一目ぼれ。
 寝ても覚めても彼女の事ばかり考えるようになり、それはたぶん恋だったと思う。

 心を奪われたアンドロイドをなんとか手に入れようと、小さい僕が親にあらゆる手でねだった。
 だがアンドロイドが一般に普及したとはいえ、まだまだ高級品。
 親は頑なに拒否していたのだけど、普段ワガママを言わない僕のお願いという事で、最終的に買って貰うことが出来た。

 僕は家にやって来たアンドロイドに『アリス』と名付け、とても可愛がった。
 家事をするのが彼女の仕事だと言うのに、彼女の気を引こうと仕事を奪ったりもした。
 当時も星が好きだったので、夜はよく星空を見に連れ出した。
 アリスの方も、僕の子守を仕事の一つとして認識していたのか、いつも笑顔で対応してくれた。
 片時も離れない僕たちの様子に、家族は目尻を下げて『まるで新婚さんだ』と笑った。


 けれどそれは、子供の頃の話。
 家族に迎えた時は見上げるほど大きかった彼女も、今では僕の方が高い。
 用が無くても話しかけていた昔も、今は最低限の会話だけ。
 あの頃抱いた恋心はもうどこにもなく、アリスに特別な感情は抱かなくなっていた。

 とはいえ、情が無いのかと言われればそれも違う。
 骨董品と揶揄されるほど古くなったアリスも、我が家ではまだまだ現役。
 機械である彼女に『尽くす』という概念があるかは分からないが、今でも勤勉に働いてくれている。
 古いので不具合も多いが、基本的に自分で治したし、定期的にメンテナンスにも出している。
 なんだかんだいって、僕はアリスに愛着があった。

 だが僕も分別のある大人。
 大学進学を機に家を出るとき、いい機会だからとアリスを実家に置いて出ようとした。
 だがアリスは、『坊ちゃんのお世話は、最優先事項です』と宣言し、当然の様についてきた。
 最初は『全部一人でやる、そこで見ていろ』と突っぱねたのだが、悲しいかな初めての一人暮らし。
 不摂生な生活を送り部屋をゴミだらけにするなどの事件を起こし、生活能力の無さを露呈させて、アリスの介入を許してしまった。
 今では家事は、完全にアリスの仕事である。

 まるで押しかけ女房のようだが、やはりアリスには特別な感情はない。
 感謝の気持ちはあれど、恋心はどこにもない。
 では僕が彼女に抱いている感情は何だろう?
 『愛−恋=?』、難しい問題だ。

 人生の難題に頭を悩ませていると、アリスが急にこちらを向いた。

「そういえば、坊っちゃん。
 大学のレポートはよろしいのですか?
 締め切りが近いとお聞きしましたが」
「あっ、やべ」
 アリスの言葉で思い出し、僕は慌てて机の前に座る。

 僕は教授から課題を出されていた。
 それは星の地図――星図を書くこと。
 今どき珍しい手書きで、である。

 最近で全てコンピューターがやってくれるのだが、だからこそ一度は手書きをすべきとの教授は信じていた。
 『これを出さないと進級させない』と教授が念押しするほど、重大なレポート。
 落とすわけにはいかないので、気合を入れて書いていたのだが……

「星図がない……」
 机の上にあるはずの書きかけの星図。
 それがどこにもない。

 アナログゆえに手間がかかっており、今から一から作っていては締め切りまで間に合わない。
 だが机の上を探し回るがどこにもない。
 消えた星図を見つけなければ、留年確定!
 どうしよう、親にどやされる!
 努力が無に帰したことに絶望していると、アリスが後ろから声をかけてきた。

「坊っちゃん、ノートパソコンの下は見ましたか?」
「そう言えば!」
 ノートパソコンを持ち上げるとそこには書きかけの星図が!
 やった、これで留年は回避!

「おお、アリスはよく分かったな」
「坊ちゃんの事なら何でも分かりますよ」
「おかんか」
「小さい頃から見ていますからね。
 ところで喉が渇きませんか?」
「確かに安心したら喉が渇いたな……」
「ではお茶をお淹れしてまいりいますね」

 そう言ってアリスは立ち上がり、台所まで歩いていく。
 アリスは手慣れた動作でお茶を沸かして戻ってくると、僕の前に置いた。
 ――砂時計と一緒に。

「なんで砂時計?」
「坊ちゃんはすぐにサボりますからね。
 この砂時計の砂が落ちたらレポートの続きを書いてください」
「そんなに信用ないか?
 そんなもの無くても終わらせるよ」
「そう言って前回のレポートは落としましたよね」
「申し訳ありません」
「なので今回から鬼になることしました。
 レポートを書ききるまで見張ってますから、覚悟してください」
「おかんか」

 僕は砂時計の音を聞きながら、お茶を飲む。
 こうしていると、子供の頃一緒にいたことを思い出す。
 あの時と違ってもう恋心はないけれど、アリスといる時間は心地よい。
 なんだかんだ言いながらも、僕はアリスの事を大切な家族として大切に思っていた。

 愛から恋を引いたら何が残るのか――
 未だに答えは出てない。

 けれどその先にあるのは、きっと『温かいもの』だ。

10/22/2025, 12:57:21 AM