島田先生は、学年一人気のない先生だった。
いつも不機嫌そうな顔で、不機嫌そうに説教と連絡事項と授業に関わることだけしか話さなかった。
後退した白髪混じりの頭は、たまに後頭部が寝癖ではねていた。
人気者の先生なら、生徒たちから一日中いじられるところ、島田先生の場合は、その日の午前中にクラスの2、3人が話題にするだけで終わった。
大半の生徒同様、私も島田先生に何の関心もなかったが、進路指導の際に私が書いた第一志望の大学名を見るやいなや「今のままじゃ到底無理」と吐き捨てるように言い放ってから、私の盛大な怒りを買った。
今からすれば全くそのとおりだったし、ただ単に痛いところを突かれただけなのだが、その日から私は激しい怒りをガソリンに猛勉強した。
その甲斐あって3月、第一志望の大学に合格できた。
受験結果の報告に高校の職員室に出向くと、島田先生は教室にいると言われた。
人気のない3年生の校舎は、まだまだ底冷えするような寒さだった。
久しぶりの教室を覗くと、教卓でスーツ姿にマフラーを巻いた島田先生が一人何かを書いている。
「先生」と声をかけながら教室に入り、辺りを見渡してみると、教室中の机の上に卒業アルバムが開かれて置いてあった。
「ああ、それね、墨を乾かしてるから」
覗き込むと、卒業アルバムを開いた見返しの部分に、ちっとも上手くない毛筆で「夢へ!」と書かれている。
どうやらクラスの人数分、一冊一冊それを毛筆で書き込んでいるらしかった。
「先生、第一志望の◯◯大、受かりました」
教室の机を埋め尽くす卒業アルバムに気を取られながらそう報告すると、
「そうか! おめでとう!」
と思いがけないほど大きい声で言って、先生は3回手を叩いた。
ふと見ると、その顔は初めて見る笑顔で、喜びにほころんでいた。
ほころんでいたが、いつもの仏頂面が板につき過ぎて、顔の筋肉が追いついていない感じで、素敵な笑顔とは言い難かった。
戸惑う私にはおかまいなく、
「そうか、そうか、よく頑張ったなぁ」
と先生は嬉しそうに何度も頷いていた。
「夢へ!」なんてこっちが恥ずかしくなるような言葉も、下手っぴな毛筆も、強張ったような笑顔も、どれもちっともイケてなかったが、イケてないことがイケてることもあるんだなぁと思いながら、私は春一番の中を歩いて帰った。
4/11/2025, 4:58:41 AM