【香水】
私は、目がみえない。
生まれつきらしい。
だから、においで誰かがわかるようになった。
お母さんは、洗濯物や料理のにおい。
お父さんは、お酒やタバコのにおい。
〝貴方もちゃんとしてよ!いつもいつも私ばかり!〟
〝うるせえな!お前がちゃんとした子ども産まないからこんなことになるんだ!〟
……また、喧嘩。
近くなのか遠くなのか…わからないけど、大きな声。
最近、多い。
イヤになった。
私は、家出することにした。
両親に見つからない。
なるべく遠くへ行きたかった。
タイミングは、お母さんが居ない買い物の時。
こっそりと家を出た。
荷物はどこに何があるのかわからなかったから、玄関にいつもの所にある棒を持って…服はお母さんが着せてくれたもの。
1人の外出は、初めてだったから、ドキドキしながら歩いた。
色んな人の声がする。私は、早歩きをした。怖かった。
どこをどう曲がって、歩いたのかわからないから、本当に帰り道がわからない。
でも、両親は、私のこと、いらないんだ。
私が居たら、ストレスなんだ。
そう思っていたら、涙が出てきた。
『ねえ、キミ。』
ふわっと、いいにおいがした。
あまい香り…
「りんご…?」
声に出してた。恥ずかしい。
泣いてるところも見られて、声に出して…穴があったら入りたいってこんな感じなのかなって思った。
男の人?は、笑ってた。
『あぁ、ごめんね!キミ、僕のお店の前で泣いてたから気になって気になって…』
お店の前だったんだ…
「ごめんなさい…迷惑おかけしました。では……」
『あっ!あぶな……』
そう言い終わる前に、コケてしまった。
今日は、だめな日だな…
『大丈夫…じゃないね。血が出てるよ。ちょっとごめんね。』
そう言って、ふわっと身体が浮いた。
……だっこ??
「あ…あの!大丈夫!だから!」
『あわわっ!危ないからね!』
どうしようどうしよう!
誘拐だったら…!!
カランカランと音が聞こえたと思ったら、今度は色んなにおいがした。
『僕のお店ね、香水屋さんなの。ハンドクリームもあるけどね。』
『お兄ちゃーん!!お店手伝ってよー…って、その子どうしたの?!怪我してるよ…あたし、救急箱持ってくる!』
バタバタと女の人はどこかに行った。
『あー。あの子はね、血は繋がってないけど、妹の――』
『ななみだよ!よろしくー!はい、救急箱!』
「血、繋がってない…?」
『うん。僕の母親が小さい頃に亡くなって、再婚相手との間に産まれた子が、ななみ。』
『ややこしいよねー。クラスメイトに説明するのも大変だよー』
と言って笑ってた。
複雑な環境なのに、こんなに愛されてるんだ…いいな。
そう思うと、涙が出てきそうになった。
『よしよし。これでおわり!大丈夫だよ!』
「ななみさん、ありがとうございます。」
『大丈夫!お兄ちゃんに任せたら大変だから。』
『僕、傷の手当ぐらい出来るもん』
と言ってる声は、弱々しくて、どっちが年上かわからなくなる。
『そういえば、白い杖ってキミの?道に落ちてたよ?』
「あ…そうです。」
しばらくの静寂。
口を開いたのは男の人。
『ねえ、もしかして…どこかに行こうとしてた?僕、案内しようか?』
私は、横に首を振った。
「私、家出なんです…家の場所もわからないから、どっちみち、帰れない。」
『お姉さん家出かぁ…じゃあ、家族が来るまでここに居てよ!お兄ちゃん、いいよね?』
『そうだね。家の場所わからないなら、どちらにしても家まで送ってあげれないし…うん、じゃあ、ここに座って待ってて。お茶もってくるね。』
そう言って、男の人は、スタスタと音をたててどこかへ行った。
『お兄ちゃんね、人助けが趣味みたいな感じなの。そこがカッコいいところ!でも、顔もカッコいいから、勘違い女がいっぱいいるんだよねー。そういう時は、お兄ちゃんに頼まれててね。私が彼女のフリするの。』
『ななみ。もう少し、楽しい話してよ。ごめんね。はい、お茶だよ。僕の名前は、なおっていうからね。何かあったら言ってね。』
そう言って、2人は遠くへ行った。
お茶のいいにおい。
お店の色んないいにおい。
お客さん居ないのかな…?
声しない。
スタスタという音が聞こえてきた。
「なおさん?」
『すごい!そうですよ!足音でわかった?』
「はい。お茶、ありがとうございます。」
『いいえー。あっそうだった。ななみが、よかったら香水をつくってみない?って言ってたんだけど…どうかな?』
「いいのですか…?」
『うん!店内ずっと気になってたでしょ?だから、自分専用の香水つくってつけてほしいなぁって思って。』
香水は気になる…けど……
「私、お金ないです。」
そう。私の荷物は、この杖だけ。
でも、なおさんは、
『大丈夫大丈夫!』
と言って、また、私を持ち上げて、どこかへ連れていってくれた。
『あ!お姉さん来たね!待ってたよー!どんな香りが好き?容器は――』
『ななみ。女の子困ってるでしょ?』
と言って、なおさんとななみさんは、声を揃えて
『『そういえば、名前は?』』
と言った。
「私は、ちさと。」
『ちさとちゃん!じゃあとりあえず…少しづつ、香りを嗅いでみて、その中から選ぼうか!』
カチャカチャと音をたててる。準備中みたい。
数十分後。
『はい!これが、ちさとちゃんの香水!容器小さめだけど…香りを楽しむだけでも癒されるからね!』
と言って、ポケットサイズの香水をもらった。
『でもでも、お兄ちゃんと同じような香水になったね!』
『そうだね。この香りは、いい香りだよね。』
りんごみたいな…ふんわりとした香り。
好きなにおいになった。
数時間後にお母さんが来た。
来ないでほしかった…このままここに居たかった。
けど…迷惑になるから、お礼を言って、帰った。
〝たなかさーん!ヘルパーですー!〟
私は、大人になって、ひとり暮らしをしていた。
ヘルパー付きだけど…普通の生活ができてる。
〝あら。今日も、りんごの香水つけてるのですね。いいにおいですねー。どこで買ったのですか?〟
「ヘルパーさんも、今度一緒に行きましょ。お友達がしてるお店なんです。」
あの日のことは、この香水をつけると思い出す。
私は、家出をしてよかったって思ってる。
そうしなかったら、この香水と会えなかったから。
〝あらら、こんにちは。なおさん。〟
『はい、こんにちは。』
スタスタという音が近くなって、私の近くで、とまった。
『ちさとちゃんも、こんにちは。』
「うん。こんにちは。なおさん。」
8/30/2023, 2:54:20 PM