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【鳥かご】

※ 主人公と友人の性別は、お好きなほうでお読みください。

 先月、友人から鳥かごをもらった。アンティーク店にでもありそうな、籐製の古びた鳥かごだ。小さく、鳥を飼うには適していない。ただのインテリア品だと思ったが、友人が言うには、中に幸運の鳥が入っているそうだ。私には何も見えない。
 メーテルリンクの『青い鳥』でも気取っているのか、なんだか奇妙なものを押し付けられたな、という気がしないでもないが、私はそれを窓辺に吊るしておいた。何にも見えないのだから、何の世話もいらない。ただそこに空っぽの鳥かごがぶら下がっているだけ。さすがに味気ないので、私は雑貨屋で人工の観葉植物を購入し、鳥かごの中に飾ることにした。
 いざ鳥かごを下ろし、観葉植物を入れようと扉に触れたときだ。ふいに、鳥の鳴き声らしきものが聞こえた。窓の外から聞こえたのかもしれない。だが、私は鳥かごの扉を開けるのをやめた。観葉植物は鳥かごの上に被せるようにして飾った。そしてまた鳥かごを窓辺に吊るした。
 友人の戯言に踊らされている、とも思ったが、悪い気はしなかった。あいつはそういう冗談の上手いやつなのだ。
 今日、先月ぶりにその友人が、酒を飲みたいと言って家まで押しかけてきた。玄関で私を見るなり、友人は言った。
「ずいぶんと顔色が良くなったな」
「そうか?」
「ああ、先月は恋人に振られたのだの単位を落としただのなんだのと言って、ひどい顔をしていたじゃないか」
「そういえばそんなこともあったな」
「その様子なら、幸運の鳥も元気そうだな」正面の窓辺に吊るされた鳥かごに目をやって、友人は満足げに笑った。「たまには鳥を飼うのもいいものだろう。あの鳥は世話いらずで、いつもそばにいてくれる」
「ああ。鳥かごさえあれば、だけどね」
 私がそう応えると、友人はニヤリと笑う。
「きみ、幸せとは、そうやって捕まえておくものだよ」
 それから勝手にずんずんと家に上がり込み、座卓の前にでんと居座った。
「さあ、きみの大切な友人が逃げないよう、歓待したまえ」
 こいつは幸運の鳥と違って世話は焼けるが鳥かごは不要だな、と思いながらも、私は笑って冷蔵庫を開けた。


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お久しぶりです。忙しさと忙しさのちょうど谷間になって一息ついたついでに書きました。またしばらくいなくなりますが、8月半ばには戻ってきます。
いつも♡をありがとうございます。たいへん励みになっています。

7/26/2024, 1:06:42 AM