気分が深く深く沈み込んで仕方ない夜は、いつも眠れない。心の奥底にあった、これまでの人生で蓄積してきた澱みの数々が濁流となっていっぺんに脳をぐちゃぐちゃにしていく。頭をかき回される感覚に吐き気がして、体が重くて仕方なくなる。
そんな夜。思い出さなくてよかった嫌な思い出ばかりがリフレインしている。
「…………ゔ……ぁ゙ー……」
意味を成さない濁った母音を喉から絞り出しながら、何かに平伏すように布団の中で蹲っていた。理由も分からない涙が止まらない。どうすればいいか分からない。希死念慮とわけも分からない謝罪が頭を支配している。
ふと、瞼越しに眩い光が瞳孔に差し込んだ。なんとか頭を上げて見れば、スマホに通知が来たようだ。
『なんか嫌な予感したから連絡した。大丈夫なら別にいい。遅くに悪かった。』
送り主は、義理の兄だった。血は繋がっていないが、いつも俺を本当の弟のように扱ってくれる。無愛想で無骨な言葉遣いの裏には、いつだって優しさが滲んでいた。
『たすけて』
その四文字を打ち込むので限界だった。送信ボタンをタップして、力尽きたようにまた伏せる。既読がついたかすら分からない。
どれくらいそうしていたか分からない。自責の念に囚われていた俺の意思が、玄関の鍵が開く音で引き戻される。この家の合鍵を持つのは今のところ兄だけだ。きっと、メッセージを見てわざわざ来てくれたのだろう。
「……大丈夫……じゃ、なさそうだな。」
大柄な体に見合った低い足音がして、分厚い布越しに背中をさすられる。ただでさえ止まらなかった涙が、もっと溢れてきてしまった。
「ぅ゙ゔ……にぃ、さ……」
蹲ったまま兄のズボンの裾を掴む。限界だと、もう殺してくれと念を込めて。
「……ダメだ。」
兄の大きな手が頭を優しく撫でる。そ動かなかった体をそっと抱き起こされて、兄の腕の中に収められた。あやすように背中を叩かれ、それが兄の心音と合わさって俺の呼吸を落ち着かせていく。兄の体温もあって、俺は徐々にではあるが眠気を催していった。
「……お前は一人じゃないんだ。」
相変わらずぶっきらぼうで、でも温かい兄の声。今なら、きっとよく眠れる。
眠れば、この憂鬱な夜も明けるだろう。明日の朝焼けを夢に見ながら、俺は兄の大きな体にこの身を預けた。
テーマ:そして、
10/31/2025, 7:27:47 AM