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#叶わぬ夢


 私は明日、地元を発つ。小さい頃から抱き続けた夢を叶えるために。
 病院へ赴き、しばらく会えなくなるだろう幼馴染みの病室を訪ねる。
 彼女は先天性の心疾患を持っていた。高校に入ってからも長期入院を繰り返し、ついに友達を作れないまま卒業を迎えた。人並みの生活を送れない、人並みの夢も語れない、かわいそうな子。
「――必ず、会いにいくよ」
 今にも折れそうな彼女の手に手を添え、声に力を込める。
 簡単に行き来できる距離じゃない。それでも、私は宣言する。医師として彼女を治してやれないなら、友人として彼女の心の支えになろう。そう心に決めたのだから。
 彼女は見開いていた目を和ませ、くしゃりと微笑った。今にも泣き出しそうな、いたいけな笑顔だった。ベッド脇の棚を見やり、そこに置かれたクロッキー帳を引き寄せる。絵を描くこと――それが、彼女の唯一の趣味。恒例の披露会。
 私は彼女の絵が好きだ。幸せとは言えない身の上でありながら、それでも温かく優しい絵を描き続ける彼女という人が好き。
 ほっそりとした白い指が最後のページを開く。
 そこには、光と躍動に満ちた彼女の世界が広がっていた。
「……タイトルはないの」
 彼女の言葉に、私は右下を見る。たしかに何も書かれていない。
「まだ決めてないってこと?」
「本当はあったんだけど……」彼女は語尾を濁し、控えめに微笑う。「決めるのは、もう少し先でもいいかなって」
 そっかと答えて、私はクロッキー帳に目を戻す。
 
 綿飴がぽっかりと浮かんだ空の下、二人の女の子が青々と生い茂った草原を駆けていた。彼女たちを遮るものはなく、小さな手と手を繋いで走り続ける。――二人一緒なら、どこまでも行けるというように。

3/18/2025, 3:43:25 AM