海野 鈴華

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たそがれ。黄昏。誰そ彼。


古くから境界が曖昧になると謂われる時間。
逢魔が時。


暗くなる時間であり、人々の顔の認識がしづらくなる為、人ならざるものがまじっているのではと心に不安を広げる時間ーーー。







「はぁっ、はっ……なんっ…くそ!!!」


俺は帰路を急ぐ人々の間を縫うように、時々躓きながら走り抜ける。
通り過ぎる人たちからは訝しげな視線や、苛立ちの視線を向けられるも特に追求されずに通り過ぎていく。


なぜ俺がこんな目に合わなければならないのか。
なぜ俺だけなのか。わからない。何もわからないがこれだけはわかる。
絶対に立ち止まってはいけない。
立ち止まったら最後、俺は捕まるーーー。











数時間前、俺はいつものように友達と帰宅していた。
今日あった他愛もないことや、他のやつが話してた面白話を馬鹿みたいに大騒ぎしながら帰っていた。

そんな中、友人の1人が急に言い出した。


「この先にある林にさー、丑の刻参りしてる奴がいるって噂知ってる???」


丑の刻参り。
午前2時頃に正装をし、藁人形に呪いをかけたい対象の髪の毛を入れたものを五寸釘で打ち付ける儀式。
人に見られると自分に呪いが返ってくる。
たしかこんな感じのやつ。


「どうせこのあとすることもねーし、ちょっと見に行ってみねえ??」


誰が言っただろうか。今となってはどうでもいい。
その時の俺らはテンションがハイになっており、2つ返事で見に行くことを決めた。








「ひょえー。まだ夕方だっつーのにめちゃくちゃ暗えー!」


噂のことを言いだしたやつは、話すことだけが好きなビビリだった。
人の肩をがっちり掴み、俺を盾になんとか歩いてる。
時刻は16:00。夕方と言うには少し早いかもしれないが、林の中は木が無法地帯となっており殆ど光が届かない状況だった。



「お前ビビりすぎじゃね??人を盾にしてんなよな。
アイツを見習えアイツを」


俺とビビり散らかしてる奴をおいて、スイスイ進んでいくもう一人の友人。


「いやだって噂っつってたろ?
事実かどうかわからないもんに、今からビビってても仕方なくね?」


しれっと答えながらどんどん進んでいく。
林だからもちろん道なんて呼べるような整備した道路はなく、草木をかき分けて歩いていく。



「な、なあ…だいぶ進んだし、ないっぽいから戻ったほうがよくね???結構暗くなってきたしよお」


ビビりまくりながら人の背後で帰宅を提案する奴の言葉を受け時刻を確認する。
時刻は17:45。日が沈みきるか否かの時間だ。
たしかにいい時間だと思ったため、前を歩く友人に声をかける。


「おーい。もう18:00になりそうだぜ。帰ろうぜ」


声をかけると友人は歩みを止め振り返る。暗くて表情はわからない。


「は?お前嘘ついてんじゃねーよ。
俺らがここに入ったのは16:00くれーだろ?
そっから歩いてきて多く見積もっても30分くらいしか進んでねーのに18:00になる訳ないだろ??」


友人の言葉に俺らの動きが止まる。
たしかに俺らはここに入ってそんなに経っていないはずだ。2時間も歩き通したらクタクタになるだろうし、そんな疲れは覚えてない。
じゃあなんでこんなに時間が経ってるんだ???


「な、なあ…ここ、なんか変じゃね??
早く出よう、ぜ…?」


俺の後ろで震えながら早く出ようと友人が急かす。


「そ、そうかもな…。おい、さっさと帰ろーぜ」



ーーーヒヤリーーー

全員の動きが止まったのがわかった。
空気が急激に冷え込んだのだ。
ナニカ、ヰる。


視界の端でゆらり、と何かが動いた気がした。
本能が見るなと警告を出す。見るな見るなと思えば思うほど視線を集中させてしまう。


「走れ!!!!!振り返るな!!!!」


誰が言ったのだろうか。俺か。アイツか。
わからないがみんな一斉に来た道を駆け出して戻る。
走っても走っても変わらない景色に涙を耐えながらひたすらに駆け抜ける。
転びそうになりながら、転んだら終わりだと必死に体制を立て直して只ひたすらに走る。


漸く林を抜けると、俺達は立ち止まりもせずそれぞれ別方向へと散った。








感覚からして、後ろに何か来てる。
ああくそっ。俺に向かってきたか。


人々が行き交う大きな道に出ても俺はまだ走るのをやめられなかった。
振り向けないが背筋に冷や汗が流れる感覚がするからだ。
きっとヰる。
息が苦しくて足が痛い。次躓いたらもう俺は走れないだろう。


ナニカがわからず、わからない故の恐怖から必死に逃げようと疲れ果てた足を気力だけで前に出す。




「あっ……」

とうとう疲れ果てて躓き転んだ。
起き上がれない。痛みからではなく恐怖で、だ。

ジャリッ、ジャリッ、と地面を踏みしめる音が近づいて来る。
心臓の音がひどく大きく聴こえる。呼吸が浅く速くなる。



ジャッ、と俺の近くで足音は止まる。
ゆっくり、ユックリと気配が俺に近づく。


「こんなところで何してんの?」


聞き覚えのある声がした。
ばッと顔を上げるとビビり散らかしてた友人だった。


「おまっ…、驚かすなよ…!
無事だったか」



よく知った相手だとわかった途端、張り詰めていた気が解ける。


「いやいや!?驚かすなよはこっちが言いたいわ!
なんでこんなところではいつくばってんのさ!」


「あれからずっと走り続けてたんだわ!
なんかわかんねーけど止まったら終わり感あったし、全員バラバラに出てきたからお前らがどうなったかわかんねーし!
あいつは無事か?? 」


「んー??無事なんじゃない?
アイツ だよね」


「なんて??よく聞こえなかった」


「いんや?なんでもねーよ。連絡してみたら?
俺もう充電なくてw」


「そう??充電俺もあっかなー…
連絡できそうならしてみるわ」



携帯を開くと充電は30%。
充電が切れないうちに急いで連絡を取ろうとSNSを開く。
すでに向こうから安否を確認する連絡が来ていた。


「アイツ無事だってーーーー」


そう言った瞬間、言葉に詰まる。


『お前無事??
俺らは合流した!!』


目の前にいるはずの友人から、友人といる旨の連絡が入ったのだ。
どういうことだ??俺を驚かそうと2人で企んでいるのか??

ただ、目の前の友人は携帯を触ってなかった。


「ん?どったの??」


俺に向き直り声をかけてくる友人。
暗くて表情は見えない。










そこにいる彼は誰だろう





【たそがれ】

10/1/2024, 12:23:21 PM