『ここではないどこか』
母が亡くなったときに父に訊ねた。母はどこへ行ってしまったのかと。父はここではないどこかへ行ったのだと言い、また母に会いたいとこぼした私に生きているうちには会えないのだと諭した。だからと言ってただ生きているだけでは会えないとも言った。
「おまえの生き方を母さんはここではないどこかからちゃんと見ている。だから、母さんに見られても構わないぐらい自信を持ってしっかり生きなさい」
父さんも同じようにしっかり生きるから、と震える声は強い目をして私の肩を強く抱いた。
あれから何年も経って父は天寿を全うした。父は立派に生き抜いたから、今ごろは母に労ってもらっていることだろう。私はいまだに道の途中にいる。父と母とに見守られながらしっかりと生きねばと気持ちを改めた。
6/28/2024, 9:52:27 AM