sairo

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種々に咲き乱れる花を見遣りながら、物憂げに目を伏せる。
春が来た。永い眠りの時は終わり、目覚めの時が来てしまった。
早く起きろと言わんばかりに、鳥達が囀る。春を奏で、愛を歌う。
なんて残酷なのだろうか。穏やかに、陽気に目覚めを告げながら、その裏側で苦痛で喘ぐその様を、嘲笑っているのだから。
目覚めなど知らず、眠り続けている方が余程幸せだろうに。苦痛も、恐怖も、不安も。冷たく、それでいて暖かな雪の下にすべて隠していればいいのに。
本当に残酷だ。目覚めを強要され、隠していたものを暴かれるだろう先に、涙が溢れ出す。
だがしかし。こうして愚痴を溢していても仕方がない。変える事も、止める事も出来ぬのだから。ただ時が過ぎていくのを、いつものように部屋の奥で待つだけだ。
あぁ、と痛み出したこめかみを抑えつつ、窓の外を睨み付ける。辺りが黄色く煙るのを一瞥して、忌々しいとばかりにカーテンを引いた。





「大丈夫?」
「――だいじょばない」

ぐすぐすと鼻を鳴らし、ベッドの片隅で蹲る彼に、だろうな、と密かに同意する。傍らに置かれたごみ箱に、あふれんばかりに積まれたちり紙の山が、その悲惨さを物語っているようだ。

「じぬ。こんどごぞ、ごろざれるっ!」
「いや、花粉症で死んだりはしないから」

肩を竦め、街で購入してきたばかりの空気清浄機を取り付ける。ずびっ、と鼻をかむ音を聞きながら、電源を入れた。

「それで。食欲はあるの?お粥ぐらいは食べられそう?」
「……がんばる」
「頑張って。食べたら薬を飲んで寝てて」
「ありがど」
「どういたしまして」

少し待ってて、と言い残し部屋を出る。キッチンに入ると、あらかじめ作っていた粥の鍋を火にかける。少し暖めるだけで十分だろう。
今年もまた花粉は猛威を振るっているらしい。不謹慎ではあるが、こうして彼が花粉症で苦しんでいるのを見ると、春が来たのだなと実感する。春爛漫に咲き乱れる花々よりも、囀る鳥の声よりも、彼は正確に春を告げてくれる。赤くなった目や枯れた声。自覚がない頃からはっきりと現れる兆候に、春を感じながらも薬の手配や、部屋の換気に一層気を遣うのが恒例行事となってきていた。
暖め終わった粥を盆に乗せる。椀と匙、それから水と薬を一緒に盆に乗せ、出来るだけ急いで彼の元へと戻った。


「ちょっと遅かったか」

ベッドの上ででろんと伸びる、小さな鼬に戻ってしまった彼に苦笑する。サイドテーブルに盆を置いて声をかけるも、反応はない。

「しょうがないね」

一つ息を吐いて、傍らのごみ箱を引き寄せる。粥が冷めてしまうが、無理に起こすまでもない。彼が寝ている間に溜まっているごみを片付けて、ついでに新しいちり紙も用意しようかと、ごみ箱を持って立ち上がりかけ。

「――だめ」

小さな呟きと共に、腕に彼の尾が絡みつき、引き止められた。

「だめ、って…ごみを片付けるだけなんだけど」

彼は答えない。しかし尾が離れる様子はない。

「本当に、しょうがないなあ」

苦笑して、ごみ箱を床に置き。彼の隣に座り直す。
一度こうなってしまっては、彼が離してくれるまでこの尾は離れない。管である彼の行動には必ず意味がある。きっと今は彼と共にいるのが最適解なのだろう。

不意に、かたん、と窓が揺れた。
視線を向ける。かたかたと小刻みに揺れる窓は、段々にその揺れを大きくし。

「――風?」

強く吹き抜ける風の音。窓を揺らし、家を軋ませながら駆け抜けていく。
風の音に紛れ、扉越しに硝子の割れる音がした。風の勢いに耐えきれず、窓が割れでもしたのだろう。
思わず息を詰める。彼との距離を無意識に詰めて、腕に巻き付いた尾に縋るように触れていた。
そうして、しばらく風の音が渦を巻き。次第に勢いをなくしていく風に耳を澄ませて。
窓が沈黙し、風の音が聞こえなくなってから、ようやく息を吐き出した。

「っ、ありがと」

礼を言って尾を撫でる。するりと離れていく尾にもう一度ありがとうと呟いて、立ち上がった。
彼を見る。弛緩して眠る彼に苦笑を漏らし、ごみ箱を手に今度こそ立ち上がる。

「さて、片付けをしないと、だね」

扉の先に広がっているだろう惨状を思い、眉を下げ。
仕方がないか、と呟いて、静かに部屋を出た。



20250327 『春爛漫』

3/27/2025, 2:05:37 PM