冷端葵

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月に願いを

「流れ星は願いを叶えてくれるけど、月は願いを叶えてくれないのかな? あんなに空の中央で煌々と輝いているというのに」
 そう言った君の横顔は、満月なんかよりもずっと輝いて見えた。暗い夜空の下で浮かび上がる君の輪郭が美しい。
「さぁ。流れ星は一瞬でなくなるからさ、その短い時間の中に何か意味を見出したいんだよ、人間っていうのは。ほら、月はいつだってあそこにあるだろう」
「そうかなぁ。うん、そうなんだけれども」
 君は首を傾げる。サラリと落ちたその黒髪すら美しい。宇宙のずっと遠くを見つめるような、黒く透明な瞳が美しい。僕は月ではなく君ばかりを見つめてしまう。
 僕の視線に気づいたのか、君はこちらに目を向けてフッと笑った。「私の顔に何かついてる?」なんて言って。
「ねぇ、儚いものに価値があるというのなら、私に願いを言ってよ。叶えてあげるかも」
 僕は思わず聞き返した。君は二度は言ってくれなかった。いたずらをした子供のようにフフッと笑って僕の返事を待っている。
「……僕は君とずっと一緒にいられるのなら、それでいいよ。ずっと隣にいてほしい」
 君は目を丸くした。君のそんな表情は初めて見た。どこか悲しげで、伏せた瞳に長い睫毛がかかって、そんな所作でさえすべて美しいのだ。
「それって……告白?」
「うん」
「ふふっ。嬉しい」
 君は笑う。でもその顔が、本当は笑っていないように僕には見えた。美しさに見とれるより先に、君を抱きしめたい衝動に駆られた。
「ごめんね。その願いは叶えられないかな」
 君はそう言って視線をそらしてしまった。ずっと空の向こう側を見つめて、僕のほうを二度とは見てくれなかった。
 君に会ったのはこれが最後だった。今君がどこにいるのか僕には分からない。ただ、月を見上げると君のことを思い出す。君に願いを捧げたあの日を。

5/26/2024, 11:57:21 PM