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※ポケモン剣盾二次創作・マクワとセキタンザン(タンドン)
※幼少期の話

冷たい風がびゅうと洞窟の外を吹き抜けていった。
穴の外から漏れる光は次第に弱まり、薄暗い洞窟の中がずっと暗くなり始めた。湿っぽい香りが強まって、それは雪や雨を連想させた。
小さな洞穴の奥の岩壁に凭れて本を読んでいたボブヘアの少年は、母親に買ってもらったアローラのロコンやキュウコンが描かれた栞を挟んで開いていたページを閉じ、敷いてあったピクニックシートの上に置いた。
それから身をかがめて入口まで出ると、空を見上げる。顔を覗かせた瞬間、ぽたりと冷たいものが頬にぶつかり、それから落ちていった。大粒の雨がぽつぽつぽつと降り始め、あっという間に周囲を飲み込むように降り注いでいく。雲は分厚く、空は重たい暗がりの顔をしていた。
穴の周りは緩やかな斜面になっているが、境界線を区切るように白い雪で覆われている。
これがもし雨で流れてしまったり、凍ってしまったら、帰れなくなるかもしれない。マクワは不穏な予想を立てるが、激しい雨の中、山道を下っていく気持ちにもなれなかった。
真っ白な丸い頭を引っ込めると、再び先座っていた場所へと戻ろうとした。外の灯りが閉ざされて、いよいよ洞穴の中はよくよく目を凝らさないとわからない程の暗闇になり始めている。
マクワは光を付けぬまま、再び身をかがめ、時折掌で地面にある岩の凸凹を感じながら来た道を再び戻ろうとした。しかし奥の壁の下の方だけがうっすらと赤い色に染まっている。
思わず尻もちをつきそうになったが、じっと見れば小さなシルエットが浮かび上がっているのがわかった。
その赤い光はゆっくりと大きくなったり、小さくなったり大きさを変えながらゆらゆらと揺れている。
光を追うようにように進めば、壁に向かって眠っていたタンドンがそこにいた。真っ赤な目は瞼を閉じていても淡い光を放っていた。

「……静かだと思ったら……眠っていたのですね」

マクワはそっとその頭に手を伸ばし、石炭の出っ張りを撫でた。ごつごつして、少しだけ砂っぽくて不揃いの凸凹だらけだが、撫でるとほんのりと温かさが伝わってくる。皮膚の温かさとは違う、彼の身体の奥底に灯ったものが漏れ出た柔い熱だった。

「温かい……」

一度手を引っ込め、前のめりになっていた重心を後ろに置き、身体を安定させると、今度は両手で彼を包み込んだ。それからなんとか重さに負けぬよう上に持ち上げる。まだ幼いマクワにとって、タンドンの質量は随分と重力に近かった。
そしてやっと抱きかかえると壁に持たれるように座りなおす。ふう、と大きく息を吐いた。

「ああ、やっぱり温かいな……」

掌の一部だけで感じていた温度が、身体全体に伝わって心地がいい。思っていたよりも洞窟の中は冷え込んでいたようだ。
タンドンはまだのんびりと寝息を立てていた。ふとマクワは目を閉じてみる。じんわりと染み入るような温かさが、記憶を呼び覚ます。
それは妹が生まれた数か月後、嫌な夢を見て起きてしまった真夜中のことだった。自分の部屋でひとりで寝るのが怖くなって、どうしようもなかったマクワは隣の部屋の母親の寝室に向かった。
冷え冷えとした廊下を抜け、閉め切った扉を小さくノックして、こわごわと開く。中を覗いてみると、もとは自分のものだったらしいものの、最近どんと母の部屋に鎮座したベビーベッドがある。近づけば妹がすやすやと眠っていた。
母はベッドでぐうぐう眠っていたけれど、小さな手で揺らせばあの深い海のような目を開き、大丈夫だよ、と安心する声とともに少年をベッドに入れてくれた。
おかげで朝までぐっすり眠ることが出来たのだった。その温度に少しだけ似ているような気がした。

「もう妹もいるのに……うわ?!」

赤い光が直接目に入り、思わずマクワは目を瞑った。タンドンが目を覚まし、じっと自分の顔を見つめていた。

「ああごめんなさい……。その……きみがあったかくて」

タンドンはふたたびぱちぱちと瞬きをすると少しだけ身体をマクワに寄せ、再び目を閉じて、頭を下げた。目を焼くような赤い光は弱まったが、自分のベストの腹部を光らせていた。

「……きれいだ」

まるでひとの腹を燃やすような温度と色は、マクワの灰簾石の瞳を輝かせた。仄かに揺れ動く暖かでやわらかい光は、強い引力で少年の心を惹きつける。
このきらめきは、まだ誰も知らないきらめきのたまごだ。
今よりうんとはるか未来のいつか、光は強い炎に変わって誰もを驚かせ、楽しませることが出来るだろう。
どんな相手にも立ち向かい、リーグのポケモン勝負にだってすべて勝ててしまう可能性さえ秘めている。彼の燃え立つ炎は、巨大な岩の身体は、容易く砕かれはしない。
それだけじゃない。
こうやって凍える誰かを温めることだってできる。それももっとたくさんのひとだ。
果てしない心の灯は燃え上がり、どこまでも無限を描いていく。
スタジアムの切り揃えられた芝生の上、眩いスポットライトの下。
たくさんの観客がマクワたちを見る。応援する。歓声を上げる。
彼の隣に立ち、ふさわしい格好をして、ふさわしいポーズを決める。
彼の大きさにも負けない成長した立派な自分の姿がここにあった。

ふとマクワは目を開く。水っぽい香りが鼻についた。洞窟の中を川になってちょろちょろと流れていく音がしていた。ざらつく岩壁が背中に当たる感触があり、自分の腕の中で眠るタンドンがいる。そこは薄暗い洞窟の中だった。いつの間にか夢を見ていたらしい。ぽとり、ぽとりと洞窟の入り口で水滴が落ちていて、明るい光が差し込んでいるのが見えた。
母親の今日の試合が終わる夜には、母親の待つスタジアムへ行ってジムリーダーになるための訓練をしなければいけないが、まだもう少しだけ時間はあった。
またあの凍えるようなこおりの夜がやってくるまでの、ほんの僅かな自分の時間だ。なるべく自分のために使っていたかった。

「……この夢が……本当になればいいのにな」

少年は石炭の上に祈りをのせると、再び抱きかかえるようにして瞳を閉じるのだった。

10/16/2023, 4:41:08 PM