sairo

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降り注ぐ日差しを浴びながら、一人きり。
誰かを待っている。そんな気がする。だからこの場を離れる訳にはいかない。
暑い。容赦ない太陽を睨み付け、ぐるりと辺りを見渡した。
すぐ近く。大きな木が立っている事に気づいて、早足で向かう。暑さい事には変わりがないが、ただ日に焼かれているよりは、木陰にいる方がよっぽどいい。
日差しが遮られ、幾分か和らいだ暑さにほっとする。このまま座ってしまおうか迷っていると、視線の先、体育館の裏手から、二人誰かが出てくるのが見えた。
ああ、ようやく来たのか。ぼんやりと二人を見ながら考える。幸せそうな笑顔。腕を組み歩く、その距離の近さ。
どうやら告白は成功したらしい。
こちらに気づいて、彼女が手を振る。腕を組んだまま近づく二人を見て、密かに眉を寄せた。
駄目だ。この先は続かない。
可哀想だが仕方がない。それに傷は浅い方がいいだろう。
彼の腕に絡みつくたくさんの細い腕を。背に覆い被さる虚ろな女性の姿を。
いくつもの女性の影を彼に見て。顔を顰めて舌打ちをした。





「――は?」

思わず間抜けな声が出る。
最悪な夢を見た。気の滅入る目覚めに、思わず目を閉じて二度寝を決め込む。
けれどもすっかり目覚めてしまった頭は、眠る事を拒絶している。布団を頭まで被っても、一向に訪れそうにない睡魔に、諦めて起きる事にした。
もぞもぞと、布団から這い出て机に座る。カードを手に取り、何度か切って一枚捲った。

「まじか」

深く溜息を吐く。
結果を否定するように、別のカードを手に取って。同じように切って一枚捲る。

「――まじかぁ」

呟いて、項垂れた。
波打ち際で寝転がる、猫の蠱惑的な表情がやけに憎らしく感じた。

夢見の後の占いは、当たる。
何度も経験してきた事。だからきっと、この浮気性な男の占い結果も当たるだろう。
早く伝えろ、と占いは急かしている。夢でも傷は浅い内にと言っていた。

「でもなぁ。今まで応援してきたのになぁ」

机に伏して、愚痴を溢す。夢で見た友達が、今度告白するのだと意気込んでいたのを知っていた。
好きな人のために、可愛くなろうと努力している事も。彼の言葉や態度に、一喜一憂していた事も。

「言えない。絶対、泣くじゃん。そんなん、可哀想だよぉ」

そもそも、この結果を告げても告げなくても、結果は変わらないのだ。それに伝えた所で、信じてもらえないかも知れない。ならば束の間の夢くらい見てもいいのではないだろうか。
言い訳をいくつも考えて。行かない理由を積み上げる。
遅れてようやく訪れた睡魔に、安堵しながら身を任せた。





彼女が一人、泣いていた。
どうしたのだろう、と近づいて。いつも側にいたはずの彼がいない事に気づく。
辺りを見渡す。遠い先に、何人もの女を侍らせて笑う彼が見えて、眉が寄った。
酷い男だ。もう彼女に飽きて、次に手を伸ばしたのか。
可哀想に。彼女の背を撫でながら、遠い彼を睨む。夏祭りに一緒に行こうと約束をしたくせに、夏が来る前に捨てるだなんて酷すぎる。

「どうして」

泣きながら、呟く彼女に視線を向ける。泣き腫らして真っ赤になった目に、恨みがましげに睨まれた。

「なんで、止めてくれなかったの。あの時、知ってれば」

両手を伸ばし。細い指が首に絡みつく。
強い力で絞められて、息苦しさに彼女の手に爪を立てた。
「大嫌い」

離れない。じわじわと狭まる視界に、遠くなる意識に、必死で抗い踠いた。
力が抜けていく。滲む視界で見る、憤怒に歪む彼女の額に。
一本の角が見えた、気がした。





はっとして、顔を上げる。
また嫌な夢。今度はさっきよりも最悪だ。

「まじなのか」

悪あがきのようにカードを切る。途端に飛び出した三枚のカードに、うわっと顔を引き攣らせた。

「悪い事ばかりを想像して、泣いて苦しんで。それで最後に破局するって?冗談じゃない」

三枚目の、真正面からこちらを見据える猫を睨み付けた。
彼は決断しろと言っている。犠牲のない結末はないのだと、その犠牲を受け入れる覚悟を問うている。
その覚悟から目を逸らせば、きっと結末は最悪に向かうのだろう。

「告げるタイミングを間違えば、その瞬間にアウトなんだけど。タイミングがシビアすぎて、やんなっちゃう」

溜息を吐く。どうしようかと悩んでいれば、見据えるカードの中の彼の目が僅かに和らいだように見えた。
仕方のないやつだ。そう言われているような錯覚に、目を瞬き。
不意に脳裏に一つの映像が流れ込んでくる。

街中の往来。
開けた場所で言い合う女達に囲まれる誰か。
女達が喚くのを困ったように、楽しむように見ている。

目を瞬く。
手元に視線を落とせば、飛び出した三枚のカードとは異なるカードが二枚。
それは、結果を否定しようと引いたカード。
RUNNING。走れ、今すぐにという意味のカード。
そしてDREAMING。夢見たものを意識して、直感を信じろという意味のカード。
立ち上がる。スマホを片手に、出かける準備を整えていく。


「――もしもし。あのさ、今日ヒマ?遊びに行こうよ。新作の春コスメを見に行かない?」

彼女と約束を取り付けて。準備を済ませて家を出る。

「さぁて。夢と占いの結果を外しに行きますか!彼女に告白なんてさせてやるもんか」

寝てみる夢など、所詮は夢だ。現実になど遠く及ばない。気合いを入れて、駆け出した。
最悪から、最良の結果へと覆すために。
現実の、掴み取れる夢へと向かって。



20250410 『夢へ』

4/10/2025, 1:38:21 PM