ないものねだり
「ここ最近天気悪いよねー。」
「そうだねー。この一週間はずっとこの調子みたいだよ、今朝天気予報で言ってた。なんか元気ないね、紗希。」
「そうなんだよー。やっぱ雨だと気分上がらなくてさー。」
君と私は傘を並べて帰り道をたどった。
いつもどおり。
お互い喋ることもなくなって、傘の内に雨音だけが響く。
アスファルトの上はもう所々に水たまりができていて、ぎりぎり濡れない場所を渡って歩く。
ローファーが濡れていた。
こんなに雨が降っても電柱のそばに咲いた花は太陽があるのであろう方向に顔を向けていた。
生きてるんだなあ。
突然、私の視界の隅に映る君の足元に傘が落ちた。
顔を上げると君は傘をすてたまま走り出した。
少し行ったところで立ち止まって、勢いよくこっちを振り向いた。
降り続く雨で、すでに髪も制服もびしょ濡れになっていたけれど、君は無邪気に笑って見せた。
息を飲んだ。
まるでやってやったとでも言っているかのような、とびきりのあの笑顔が私には眩しいほどに輝いて見えた。
あの瞬間だけは、電柱のそばに咲いていたあの花も君の方向を向いていたに違いない。
鉛のような雨雲の下、この地上に、私の目の前に、
一つの太陽があった。
君のようになりたかった。
でもそんなことはできないから、今はまだそばにいさせて欲しいと心の中で願った。
私が持っていないものは全て、君が持っているような気がした。
だからこそ、あの日君と見た遠い夢を叶えられる気がしたんだ。
空に星が舞う静かな夜に、二人で草原に寝転がって星空を見た。
「きっと今ならあの星たちの一粒を掴めるよ。」
「おーなんか懐かしいね。掴めるかな。」
そう言って君はおもむろに宙へ手を伸ばす。
「頑張って」
「あんたもやるのー!」
美しい星空で満ちた私の視界に君が入ってくる。
君は私の腕を引っ張ってなんとか星を掴ませようと頑張る。
とうとうおかしくなって二人で笑ってしまった。
静かな心地いい時間が流れた。
「私ね、あんたみたいになりたかったの。」
君は言った。
「知紗いつも静かで何考えてるのか分からないときもあるけど、本当はすごくいろんなこと考えてて、周りをよく見てる。私はあんまり頭良くないからそういうの苦手で、それで周りからもっとちゃんとしろーって言われてばっか。知紗が羨ましいとも思ってた。眩しかったの。私にはできないことを知紗は当たり前のようにやってのけるんだから。」
私は驚いた。紗希がそんなふうに思っているなんて考えてもみなかった。ずっと、眩しいのは紗希で憧れるのは私だったから。
「私もずっと紗希に憧れてた。紗希みたいになりたいって考えたこともあるよ。いつも危なっかしくて見てて怖いときもあるけど、無邪気で明るくて太陽みたいで、笑ってる紗希を見るとこっちも元気出るって言うか、私が持ってないもの全部、紗希が持ってるような感じがして…眩しいのは紗希だよ…」
ちゃんと言葉になってるんだろうか。
早口すぎたのは確かだ。動揺しまくっている。
「なにそれー?後出しずるいよーまったく。」
君は笑って言った。
続けて言う。
「知紗の言いたいことわかるよ。知紗は私にないものを全部もってる。私もそう思ってたから。今までずっと一緒にいて、ずっと同じこと考えてたなんておかしいね。ほんと、人間ってどこまでないものねだりなんだか。」
「ほんとだね。けど紗希がそんなふうに考えてたなんてびっくりだよ。」
「そー?まあ私もびっくりしたかな。」
「あれー後出しー??」
「私はいいのー!」
「なにそれ理不尽すぎない!?」
静かな月と明るい太陽。星々は彼女たちをずっと照らしていた。
3/26/2024, 5:44:22 PM