男は、70才男性。
3年前から、脳梗塞で、現在は介護施設に入所している。
この介護施設は、新しいできたばかりの施設で、受付付近は、最新の筋トレマシーンや休憩用の高そうなソファーが備え付けてある。
最初、ケアマネージャーより施設入所の話しをされた時、男は、施設に入るのを断固として断った。
しかし、窶れた妻の顔や忙しい合間を縫って手伝いにくる娘たちの顔をみると、最終的には首を縦に振るしか出来なった。
入所の前日、右足をようやく引きずれながら、
部屋の窓側まで行き、何年か前、妻と一緒に植えた花を見た。
すでに、手入れが滞って、何年立ってしまったのだろう。
花は、いつの間にか百年のときが過ぎたかのように、真っ白に紙屑のようになっていた。
「次のこの景色を見ることはないだろう」
男は力をなく、つぶやく。
入所のとき、部屋を紹介してくれたのは、お団子頭の元気な女性介護であった。
「何かあったら、分からないことが教えてくださいね。」
自分の娘より若い子にお世話されるのも悪くないと思った。
しかし、男が大きな間違いに気付くのに時間はかからなかった。
ここは、簡単に死ぬことが許されるない強制収容所であって、
きれいな外装と1階のロビーを抜けると、入所者にとっても従業員にとっても戦場であった。
「ああ、そこ立たないで、危ない。」
「早く、口開けて、アーン」
虚な目をした老人が半ば無理やり、口の中に物を入れられていく。
本当、食べたいのか、人間でありながら、立ち上がることが許されないというのは、ここに来て始めて知ることであろう。
まさに、罪人とほぼ同じ扱い。
刑務所だって、もう少し自由が与えてられているのではないか。
もっと、悪いことに、ほぼ全員、一度入ったら出ることが許されない。
運が良くとも、病院送りしか道は残されていない。
男の隣りの老人が言う。
「早く、お迎えが来ないのう」
1人ごとを繰り返す。
この老人は、少し前まで、
「早く、お家に帰りたい」
が口癖であった。
そして、みんな最後には、言葉を失うのだ。
認知症が進んだから、言葉が話せなくなるのではない。ここでは言葉や感情が無意味なことが分かって来るからだ。
作業員は能面のような顔をして、黙々と粛々と作業をこなす。
そっちでも、こっちでも、お年よりがゾンビのように遅いかかってくる。
感情を持ったら、負けだ。
そう言い聞かせているかのように、決まり文句をいい、それが上手くいかないと、強制処理する。
この施設では、
「自立したその人らしい生活が送れるようにお手伝いします」どこがだろうか?
実際はどうでもよい。家族が、それで安心できるから。家族もとりあえず、施設に預ってもらうこと以外何も望んでいない。なにが起こっているか知る機会もない。
そうしているうちにも、男にも羞恥と屈辱の時間がくる。
40才くらいの女作業員が髪を振り乱して、部屋に押し入ってくる。
無言で、男の下着ごと剥ぎ取ると、陰部を剥き出しにして、何か冷たいもので、濡らさせる。
作業員は舌打ちしながら、今度は、男を勢いよく横に向けられ、激しくお尻を冷たいもので拭かれる。
男は、恐怖と悲しみで、神に祈りながら、じっとなすがままにされる。
作業員は、
男にバサっと、毛布をかけ、ふぅと一息つく。
作業完了と言ったところ。
ようやく、男は、安堵し、男のベッドの位置から何もみえるはずがない小さな窓をみた。
ただ、ただ、灰色な厚い雲だけが見えた。
7/4/2023, 10:21:57 AM