海月

Open App

「この問題はね、まずこのグラフから…」
2人きりの教室で、先生との特別授業。
春休みに入って、部活生以外は誰もいない校舎。
ふと窓の外へ視線をやると、
やわらかな絹で覆ったような夕焼けが広がっていた。
多少雲はあるものの、にごりのない色をしている。
春の空はどれも水彩画のような色だ。
水張りした水彩紙に絵の具を置いたときの、
じわりとひろがっていくのとよく似た空。
やはり春はどこか儚さを含んでいるよなあ、
なんて考えていた。
「ねえちょっと、聞いてる?」
話が上の空だったのがバレたのか、
先生が手に持ったペンで私の頬をつつく。
「えー聞いてましたよ、半分くらい。」

そう答えたとき、嗅いだことのある匂いがした。
ほこりと雨の混じった、ぺトリコールだ。
どうでもいいのだけれど、私はこの匂いが結構好きだ。
いいにおい、とは言えないけれど、けして嫌ではない、
癖になるにおい。
先生今雨の匂いしませんでした?と問うよりも先に、
ぱらぱらと雨が降り出す。
あんまり沢山ふらないといいな、なんて考えている
少しの間で雨はしとしとと降るようになっている。
ただでさえ今日は部活生がいなくて静かなのに、
雨でほとんどの音は消えてしまっていて。
気づくと先生はこちらを真っ直ぐと見つめていた。
やけに先生の視線が両の眼の奥へと突き刺さった。
1、2分そうしていたが、ついに耐えられなくなって
私はテキストへと視線をやった。
「なんだか世界に俺たち二人ぼっちみたいだね。
こういうのも悪くないかも。」

3/21/2023, 1:47:00 PM