たも

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テーマ「胸が高鳴る」

ちょっと高い桃缶を買った。
いわゆる黄桃缶のケミカルなカラシ色ではなく、自然な桃の色をしたイイやつだ。

牛乳を小鍋に注ぎ、火にかける。裏山のコジュケイが、ピーホッホ、ピーホッホと鳴きはじめた。コジュケイの鳴き声は爽やかだが、少々ひつこい。もう終いか、と思うとまたピーホッホ、もう終わっただろう、あピーホッホ。思わずふっと笑った時、鍋に細かな泡が立つ。三温糖を入れる。

寒天を溶かす。ゴンベラで溶かせばよいものを、味噌汁を作るときの癖で、つい菜箸を手に取ってしまう。間違えたと気付いたが、むきになって菜箸で溶かしてみる。コジュケイと私は、どちらがひつこいか。まだ鳴き続けているコジュケイと、すぐに諦めかけている私を比べたら明らかだ。

ゴンベラで混ぜると泡の具合が変わってくる。桃缶を開ける。ジャッと溢れてくるシロップは、鍋に入れてしまえば良い。甘くなりすぎてはならないと、庭の小ぶりなレモンをカットして、果汁を搾って加える。もうひと煮立ちしたら、火を止める。窓から差し込んだ陽の光を帯びて、鍋の中が艶めいている。あとはプリンカップに流し込んで冷蔵庫で冷やし固め、上に桃の果肉を乗せるだけ。

フィリップ・K・ディックの『ユービック』を読みながら、完成を待つ。胸が高鳴る。コールドスリープから覚めた先に待つのは荒廃した未来だが、私に待つのは気持ちよく冷えた桃のブラン・マンジェである。

3/19/2024, 1:02:30 PM