水蔦まり

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第三十四話 その妃、災厄か最悪か
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 暫くすると、バタバタと人が倒れていく音がする。耳元でかわいい鳴き声が聞こえ、顔を覆う紙を持ち上げると、手の平の大きさほどに縮んだ麒麟が、いつの間にか肩に乗っていた。


「お疲れ様。ゆっくり休んで」


 きっと、皆が幸せな夢の中に旅立って行ったことを知らせたのだろう。
 彼が伸ばした手の指に鼻先をつけ、パッと小さな光を放った麒麟は、気付けば折り紙のようになっていた。



 それに感心している間もなく、懐に麒麟の折り紙を仕舞ったロンは、続けて今度は幾つもの“黒い鳥”の折り紙を取り出す。


「大体の人数は」

「さあ? まあ多いんじゃないかしら」


 この力の欠点があるとすれば、それは正確さだろう。

 彼らの記憶は覗けたとしても、それが正しいものなのかを知る術はない。
 つまり、計画の段階はわかっても、実行前に内容を変えられてしまっていては、元も子もないというわけだ。


 変則が全くないわけじゃない。
 だから、その変則の可能性も全て考える。

 計画を変える時はどういう時か。
 気候? 人数? 対象の動向?


 夢は、決して予知能力ではない。
 あくまでも、一つの可能性に過ぎない。

 夢の全てを過信、盲信してしまえば、それは己の破滅となる。



「言えることはせいぜい、この首を刈りにきている輩がいるということくらいね」

「どれだけの恨みを買ってきたんですか、全く……」


 だから、常に最悪の状況に備えるしかないのだ。



 大きな穴の空いた天井から、ぽつりぽつりと、雨が降り始める。それは次第に数を増やし、雨脚は強くなっていった。


 気配はない。足音も。
 でも、きっといる。

 素人のように幻覚に惑わされることのない輩が。
 この悪天候と夜の闇に姿を溶かす、本物の殺し屋が。



「ジュファ様。これ、持っておいてください」


 物騒な話に、最悪な事態が頭を過ったのか。彼が渡してくれたのは、折り紙で作られた人形のようなもの。


「一先ず二体かな。まだありますけど」

「まるで雛人形みたいね」

「元々災厄避けの意味もありますから」


 「乳幼児向けですけど、精神年齢似たようなもんだし、丁度いいでしょ」と、失礼なことを言いながら彼は、黒い鳥の折り紙を宙に放った。



「先に謝っときます。僕はあくまでも、帝の陰陽師なんで」

「わかってるわ。だから、絶対にその境界は越えないで」


 それは、彼と手を組んだ時に決めていたこと。
 彼がと言うよりは、此方が頑なにそれを要求したのだ。

 彼を、そして彼の家族を守るために、表立って力は使わないことを。



「バレる可能性があるので、今の僕ができるのは“鴉の人間”が来るまでの時間稼ぎくらいなんですけど」

「それってどれくらいかしら」

「運が最高に良ければ、今こんな話はしてないですかね」

「……悪ければ?」

「一生来ないですね」



 そしてロンは、持っていた羽織りを掛けながら、ふっと笑みを浮かべた。



「大丈夫ですよ。僕はまた妻にも娘にも会えます。あなたの運が余程最悪でなければ」


 この恐ろしい程の笑顔に、素直に口には出せなかった。

 生まれてこの方、“運”というものには見放されて生きてきたことを。






#ひなまつり/和風ファンタジー/気まぐれ更新

3/3/2024, 2:55:35 PM