望月

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《どんなに離れていても》

 父親の家系が近衛騎士の家系で、男児として生まれた時点で将来は約束されたも同然だった。
 母親は一般的な中級貴族の生まれで、血筋にしても申し分なかった。
 父が剣を握らせようと考えていたのは二歳の頃からで、まだ床に手をついて歩いていた頃に俺が自分で剣を触りに行った時は、それはもう嬉しかったのだそう。鞘に収められていたとは言え、母は心配したようだった。
 実際には、それが身近にあったからなんの意味も興味も関係なく触ったのだろうが。
 それでも父は玩具の剣を俺に与え、二歳になる頃にはしっかりと剣を教え始めていた。
 ここで少しでも嫌がる素振りがあれば、父はともかく母が剣を取り上げただろう。
 しかし、初めてのことを知るのは楽しかった。それこそ父が幼子に対して制限をかけるほど、身体的な負荷を無視して練習しようとしたのだ。
 成長しても興味関心はすっかり剣に向けられていたようで、十二歳にして騎士団入りを認められた程だ。
 近衛騎士になるには、騎士団員として三年は所属する必要がある。
 普通、十五歳から騎士団に入団するため、早くても十八歳から近衛騎士となることができる。父も入団が早かったそうで、それより一年早かったことを誇らしげに語ってくれた。
 そして、順当に実力を重ねることによって入団から三年と少し後の秋より、第一王子殿下に近衛騎士として仕えることとなった。
 十五歳にして初の近衛入り、という話題性が俺へ向けられる人々の目を好奇や嫉妬、嘲り、羨望に固定する。
 これまでと同じ視線だが、王宮のそれはより悪質なものに感じられた。
 それでも、この任は実力で得たという自負がある。その程度の視線で諦める程俺はやわではなかった。
 人々の視線を受け止め、廊下を進む。
 王宮の最北に当たる扉の前で止まり、入室の許可を求めた。すぐに「入れ」と言われ、
「……本日より、貴方様のお側に仕えさせて頂きます」
 決まった型通りの挨拶を終えたが、殿下からの反応は薄かった。殆ど無視をされたようなものだ、彼は一度たりとも手元の書類から視線を動かさなかった。
「……御用があれば、いつでも仰って下さい」
 認識されたのかどうかすら曖昧なまま、俺は部屋の外で待機することにした。
 何が正解かはわからないが、下手を打って初日から機嫌を損ねるわけにはいかない。
 近衛騎士は騎士としての最上位、父の跡を継ぐうえで任を解かれる可能性は一つでも作りたくない。
 今にして思えば、俺は主にとって不誠実な、義務感すら持っていたのかも曖昧な近衛騎士だったんだろう。
 だから、俺は主を目の前で失う愚か者になったんだ。
 あの日。
 王宮内に賊が侵入した日。
 俺は両陛下のいらっしゃる謁見の間にて護衛を務めていた。その間の第一王子殿下の護衛は、他の騎士が担っていた。
 その謁見の間に現れたのだ、こちらも対処せねばなるまい。
 ただひたすら剣を振るい、両陛下の安全を最優先に、血の流れることがないようにと気を配りながら戦いに身を投じていた。
 漸く周囲が沈黙したことを確認して、俺は両陛下の御前を下がり主の下へと向かった。
 そして見つけたのは、廊下に点在する血溜まりに伏した騎士たち。
 それから、折れた剣を手に賊らしき三人の男と対峙する主の姿だった。
 主がまだ倒れていないことに安堵した。
 だから、声を掛けたのだ。
「……殿下っ! ご無事ですか!?」
「お前、怪我を、ッ——!!」
 愚かしくも、一瞬が命取りになる状況だと分かり切っていたというのに。
 ここからのことは、鮮明に覚えている。
 俺に視線を向けた瞬間、殿下の腹に血が走った。「かはッ」。斬られたのだ。次に殿下が大きく身体を震わせた。「がぁ、っ」。背中だ。背中を斬り付けられて多量の血が舞った。そして、最後の一人が剣を逆手に振り上げたかと思うと、殿下の右目にそれを突き刺した。「——!」。血が吹き出したように溢れ、みるみるうちに顔と服とを赤黒く染めた。
「…………でん、か……?」
 瞬く間に彼は——俺の主だったモノは、血の纏わり付いた屍と化してしまったのである。
 到底受け入れられるものではなくて、俺はよくわからない奇声なのか悲鳴なのか怒声なのかを上げたらしく、耳が痛く感じた。
 次に気が付いた時には、賊は三人とも首を切られ事切れていた。
「……殿下。俺の、殿下……俺の主……」
 うわ言のように繰り返したとて、己の罪が消えるわけでもなんでもない。
 むしろ、罪を自覚するだけだ。
 ああ、俺のせいだ。俺のせいで殿下は死んでしまった。死なせてしまった。近衛騎士として一番殿下を護らなければならなかったのに、俺が彼を死なせてしまった。賊なんかに殺させてしまった。貴方を護るためにこの場所にいるのに、護らなければならない貴方さえ護ることができないのなら、俺は、存在する必要がない。
 あぁ、それでも。
「……俺は」
 俺は貴方の騎士だ。
 どんなに離れていても、二度と、喪わない。
 貴方だけの騎士です、殿下。

4/27/2025, 10:02:21 AM