もうダメだと思って、酒を煽った。
といっても、普段、酒を飲まない──ではなく、飲めない人間がどうにかして飲もうと考えた結果の、3対7くらいの割合で薄めた甘い果実酒だ。もちろん、3が酒で7がお湯である。
お湯で薄めたせいで、チビチビと飲むことになり、どうにもならないヤケクソな気持ちが、更にどうにもならなくなった。
あぁ、もどかしい。
私が酒飲みであったなら、この瓶に直接口をつけてラッパ飲みしてやるものを。
親から遺伝した体質が恨めしい。
もしかしたら、水で割ったほうが飲みやすいんだろうか。少なくともちびちびと飲まなくてすむ。
私は果実酒をお湯で割ってゆっくりと飲む丁寧な暮らしがしたいのではなく、できることならプハーッ!と酒臭い息を吐きながら、中身の減った瓶を台所のワークトップにダン!と置くような飲み方を望んでいるのだ。
なにせ、いま私は人生に行き詰まってて、ヤケクソな気持ちで、四面楚歌の八方塞がり。客観的に見ても詰んでいる。
もう少し若ければ、人生仕切り直しを考えたかもしれない。
でももう、元気に仕切り直せない程度に年をとり、生活の中で擦りきれた末に残った残りカスだという自覚があるのだ。
ここから仕切り直せる人間は、きっとたくさんいる。でも自分はそちら側ではない。
(あーーーー……、あーー……今度は水にしよ)
無意味な声を頭の中で弄びながら、マグカップに果実酒を半分、水半分を注ぐ。
一口飲んで、お湯で果実酒を割ったのは飲みなれてない人間の選択ミスだったと思った。こちらのほうが飲みやすい。
かっと頬が熱くなり、頭がぼんやりとする。
瓶をワークトップにダン!と置くような飲み方はできそうにないが、ヤケクソな気持ちに体が少し近づいてきたように思う。
いいぞ。
精神は異常なのに、体が通常では精神と体の状態のズレが気持ち悪い。酒の力で作り出した状態異常でバランスをとっていかなければ。
(家で飲むんじゃなかったかな)
桜の季節だ。公園の桜は満開で、風に揺られた枝がハラハラと桜吹雪を降らせている。
満開の桜の間から星空を眺めながら酒を飲んで、ベンチに転がったら最高だったんじゃないか。
願はくば花の下にて春──だし、星空の下でもある。
最高に思いを馳せつつ、根が真面目なので、酒を飲んだ状態で──おまけに酒の瓶をぶらさげて公園までふらふらと歩いていくのは気がとがめる。見回りをしている自警団のお年寄りに、心配をかけるのはよくない。
台所にしゃがみこんで、目を閉じて満開の桜のことを考える。
花が好きだった、もうこの世にいない優しい人のこと。マニュアルの小さな車にその人を乗せて、花を見に出かけていた人のこと。
お出かけならなんでも大喜びしていた、犬のこと。
もう、みんないない。みんないないから、故郷はなくなったと思っている。
いなくなった人たちのことと桜、それからすべてを上から見おろす星空を思う。
天国というくらいだから、あっち──上空──方面にあるのだろうか。
桜を通り過ぎた先にある星空を想像してみる。
あっちにいった人たちは、星空から桜をみているんだろうか。
頭の中がまとまらない。でも、桜と星空を見られる。
これ以上、奪われたり失くさないように、生きていこう。
4/6/2024, 8:04:46 AM