雷鳥໒꒱·̩͙. ゚

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―声が聞こえる―

白以外に色のない部屋にいた。寂しい部屋だ。
もう1000日以上をこの部屋で過ごしている。
私の居慣れた部屋。
そんな部屋に、明るく大きな声が響いていた。
「で、またそいつが言うんだよ、
人は死んだら空に昇っていってあの世に着くんだ!って!
そういう本を読んだんだ!って!もーマジでウケる〜!!」
大きな声の主がケラケラと明るく笑う。
私は言った。
『ねぇ声が大きすぎるって。また怒られちゃうよ?』
「誰にだよ?」
『看護師さんにだよ』
「あ〜…あいつか。
ここはお喋りする場所じゃないんですゥ!!ってさ、
うるせぇんだよな〜」
彼は看護師さんの口調を真似た。
大分バカにしたような言い方だったけど、
一概に似ていないとは言いきれなくて、
思わず笑ってしまう。彼もつられて笑った。
この時間、いつまで続いてくれるかな…
そんなことをふと考えた時。
『っ!!』
ズキンっと胸の辺りが押し潰されるような痛みを感じた。
かと思えば、呼吸がまともに出来なくなり、
ハァハァと息が荒くなる。
「お、おい!?どうした!おい!!」
彼も私の異変に気づき、慌てる。
ナースコール、押さなきゃ…言おうとするけど、
喉が掠れて声が出なくて、
ヒューと声になれなかった風だけが口から出た。
こうなれば自分で…と思い、ゆっくりと手を動かす。
私の手がベッドから完全に離れたところで
彼も気づいたらしく、ちゃんと押してくれた。
もう終わり、なのかな…
いつ『その瞬間』が来てもおかしくない私は、
いつ『その瞬間』が来ても、絶対怖くない。
そういう自信を持っていた。
でも今考えれば、そんな自信、
どこから湧いて来たんだろうと思う。
少し怖い。いや、正直に言う。かなり怖い。とても怖い。
もうすぐ彼の声が聞こえなくなる。
もうすぐ彼と笑えなくなる。
もうすぐ彼を思い出すこともできなくなる。
そんなの怖すぎる。私は最後の力を振り絞って言った。
『さ、いご……ま、で…いっ…しょ、に…
…いてっくれ……る…っ……?』
目尻から水がツーっと零れた。
それが涙だと判断できるまで、
どれだけの時間を要したことか。
彼も彼で涙を流しながら、私に向かって何か叫んでいた。
何を言っているのかは、よく分からなかった。
――そこで意識がプツンと消えた。

漆黒に染まった闇の中にいた。
こんなところに来た覚えは無い。
そんなの、本来なら誰でもパニックになる状況だ。
でも、不思議と心は落ち着いていて、
冷静に考えることが出来た。
ただ、不思議なことはもうひとつ。
体の感覚が一切ないのだ。
上手く表現出来ないが、強いて言うならば、
金縛りにあったような、そんな感じだ。
そのとき、遠くで何か聞こえた。
音が聞こえる。
人が行き交う騒がしい音。
声が聞こえる。
明るくて、大きくて、どこか懐かしい声――
それと、慌てている人達の声。
でも、誰が喋っているのか、
何を喋っているのかは分からなかった。
聞こえていたものがどんどん小さく遠くなっていき、
気づけばまた意識が途絶えていた。

9/23/2022, 4:40:11 AM