『怖がり』
俺の妹は怖がりだった。
……いつからだろう、妹が俺の後ろから俺の前に立つようになったのは。
最期に見た、俺に笑いかける妹の死に姿が目に焼き付いて離れそうになかった。
○○○
俺は王子、第一王子だ。もうすぐ王になる。
この国には、俺と妹しか王の子どもが居ない。
俺と妹は、とても仲の良い兄妹だ。
「兄さま! みて! ダンゴムシ!!」
「おお、そうだな」
「ねぇ! このダンゴムシを育てて馬の代わりにしましょうよ!!」
「ははは……え、マジで言ってる? 嘘じゃなくて?」
ちなみに、このダンゴムシはマジで大きくなった。
たぶん眼とかたくさん生えてきて赤とか青とかになるやつの幼体だったんだと思う、マジで。別に海は腐らなかったけど。
閑話休題。
「ねぇ、兄さま。どうして人前に出ないといけないの。ずっと二人でお城の中でシロツメクサの冠を作って暮らしましょうよ」
「……ごめんな」
妹は、怖がりだった。
……いや、知っていたのだ。人間の恐ろしさを。俺以上に。
妹はきっと、俺よりずっと聡明だった、だったから、
「ねぇ兄さま。あたし決めたわ、騎士になる」
「……は? いや、お前はね、女の子なの、分かる?」
「だって兄さまを守る信頼できる人なんて居ないじゃない」
「——それは」
「だからあたしがなるの。あたししか居ないのよ、兄さま」
○○○
「兄さ、ま、いき、てる?」
「あ、ああ、おま、お前、お前は……」
「よかっ……た」
俺の頬に妹の手が添えられる。
あついほどに熱の高い体温が急激に冷めていくのを感じる。
ぬるり、と俺の頬が赤の血しぶきに彩られた。
「…………」
笑ったまま、妹は、死んだ。
俺を守って……俺という王を、兄である王を守って、死んだ。
強く、唇を噛み締めた。
それしか出来なかった。
泣くことも、ありがとうと笑うことも。
兄なのに妹を守れずに悔しいと嘆くことも。
なにも、何も……出来なかった。
○○○
「貴方様がご無事で何よりでした。とても素晴らしい兄妹愛ですな!」
……誰もが妹の死を喜んだ。
俺を庇った名誉ある死だと、喜んだ。
俺は、またもや何も、言えなかった。
○○○
一人になってしまった庭で、シロツメクサの冠を編む。
そして、そっと墓石にかけてやった。
何も言わず、何も言えず。
泣きも笑いもせず、じっと見つめた。
「また来る」
そんな俺の姿を、あの怖がりの妹が、墓石の裏に隠れて見守っていてくれる、そんな気がした。
……俺ももう、怖がってばかりじゃいられないんだ。
立派な王にならないと。
お前が自慢できるような、そんな兄でいたいから。
怖がりの俺は、覚悟を決めて一歩前へ踏み出した。
おわり
3/16/2026, 10:44:45 AM