曖昧な
生活棟の屋根に腰掛け、俺とミルは教会裏にある墓地を見下ろしていた。そこではちょうど葬式が行われている。町娘が流行病で命を落としたらしい。両親や恋人、友人たちが彼女の死を嘆きながら、白い薔薇を献花していく。
「可哀想に……」
隣にいる彼女をそっと見る。彼女は首から下げたロザリオをそっと握り締め、目を閉じた。召された町娘の安息を祈っているのだ。
「………ミル」
「何?」
「彼女はまだ幸せだったのかも。何者にも脅かされることなく、家族とお別れをしてから眠りにつくことが出来たから。……俺たちはそうじゃないでしょ?」
俺の言葉にミルはそっと目を伏せ、少し考え込むような素振りを見せる。
「……そうね。私たちの身の上では常に死が隣り合わせ。いつ死ぬか分からない。それが敵陣の真っ只中で、彼女みたいにお別れすら出来ないかもしれない」
「もし、そうなったら……」
込み上げてくる苦しみを押さえたくて、俺は無意識に自身の胸を強く掴んでいた。
「どうしようもなく、悲しい」
「私もだよ。でも、それが私たちの責務なの」
彼女の言葉は至極真っ当だ。なのに、その言葉が今はまるでナイフのようで、どうしようもなく痛くて、苦しかった。
俺は胸中の苦しみを吐き出すように深く息を吐く。分かっているんだ。それでも、彼女だけは。
「分かっているよ……でも、ミル。約束して?」
「?」
俺は小指を差し出す。
「俺の前からいなくなったりしないって」
「………」
彼女は面食らったように目を見開いていた。それから、可笑しそうにくすっと笑みをこぼす。
「まるで、幼い子供みたいね。スピカ」
「……でも、嫌なんだ。ミルは俺にとって大事な友達だから。いなくなるのは嫌なんだ」
「それは私も同じだよ。……永遠に。とまでは出来ないけど、約束するよ。君の前からいなくなったりしない」
彼女の小指がするりと絡まって、ゆっくりと手が上下する。そうして指が離れた。
「絶対が無い、曖昧な約束だけど。私は守るよ」
「俺も。守るよ、約束を」
永遠なんて存在しない。
いつか俺たちも死を迎える。
その結末がどんなものかは誰も分からないけど、曖昧な約束をするくらいなら、神様も許してくれるよね?
11/1/2023, 11:20:29 AM