「昔はよく使ってたな。格好良いから」
懐かしいねぇ。何年前だろう。某所在住物書きは黒歴史となった二次創作を、久しぶりに読み返す。
嗚呼(ああ)、一寸(ちょっと)、巫山戯(ふざけ)た、五月蠅(うるさ)い、科白(せりふ)。
いわゆる「知らないと読めない」単語といえる。
あるいは「使うと格好良いが、読めない人は読めない」文字とも言える。当て字の類だ。
昔々の純文学、たとえば太宰治が筆を執っていた時代の物語にはよく使われていたかもしれないが(※個人の偏見です)、
いわゆる新聞記者必携、『記者ハンドブック 新聞用字用語集 第12版』においては、そのことごとくがひらがなに直すよう指示されている。
使いたいならば、ルビを振るのが親切であろう。
ところで「夜露死苦」は今も通用するのだろうか。
――――――
前回投稿分の翌日が舞台。
最近最近の都内某所、某稲荷神社のおはなしです。
不思議な不思議な稲荷神社は、少し深めの森の中。
いつか昔の自然を残して季節の花が咲き誇ります。
最近は絶滅危惧種、キバナノアマナという小さな花が、神社の庭を少しずつ、少しずつ、黄色く染めてゆきまして、稲荷の神様の御力を示します。
「今日はどれだけ増えたかな」
そのキバナノアマナを、毎日見に来て、写真に収めている者が在ります。
風吹き花咲き誇る、雪国の田舎出身者です。
田舎者は名前を、藤森といいました。
「ああ。嗚呼。 美しい」
藤森が稲荷神社に、まずお賽銭して、きちんとお参りして、参道をてくてく歩いていくと、
ぽっかり日だまりの落ちるあたりに、キバナノアマナの花畑が見えてきます。
「今年も、よく咲いてくれた」
東京では数を劇的に減らしつつあるこの黄色。
藤森の故郷では、そこそこ、よく見かけるのです。
よって藤森、この黄色を見るたび、
自然あふれる片田舎の早春を、思い出すのです。
ところで今日は、花畑に先客が居ますね??
「ああ、嗚呼、ダメ、だめ、」
昨日も花畑に来ていて、突然逃げ出してしまった、
たしか、「アテビ」と名乗った女性です。
「おねがい、枯れないで、嗚呼、あっ……」
キバナノアマナの花畑の、すみっこにしゃがみこんであわあわ、ふたふた。
とても、悲しそうにパニクっています。
どうしたのでしょう?
「アテビさん」
あんまりアテビが不憫なもので、藤森、誠実に、静かに声をかけてやりました。
「こんにちは。どうしたんですか」
アテビが見ているあたりのキバナノアマナは、小さな範囲で異常に、葉が色あせておりました。
「あっ、嗚呼、あの、わたしッ、違うんです」
あわあわ、ふたふた。酷く困った風のアテビです。
「この黄色い花、昨日、とっても貴重と聞いたから、私、お花を、大きく増やす結晶を持ってるから、
それで、それでっ、ああ、嗚呼……」
ただ、ただ、この貴重でキレイな花を、増やしてやりたかっただけなんです。
アテビはとうとう涙を流してしまいました。
あー、なるほど。分かった。
藤森、科学的な思考を停止しました。
このひとも、非科学的な魔法か何かを使うのだ。
この「不思議な稲荷神社」に住まう「不思議な子狐」と同じように、非科学的な術を行使するのだ。
藤森は物理法則的反論を、完全に、放棄しました。
「キバナノアマナの成長を、うながした?」
「はい。はいッ。よく育つように、願いを込めて」
「そうしたら、すぐに花が終わった?」
「そうなんです。すぐ、すぐ」
「それが『春の妖精』、キバナノアマナです。
あなたが何か間違えたのではない。彼女たちは、ほんの数日、1週間程度美しく咲いて、実を結んで、
すぐ、葉を枯らして土の中に戻るんです。
夏を迎える前に早々に寝床に戻り、次の春を待つ。
だから、『春の妖精』なんです」
「はるの、ようせい。 数日だけ……」
数日をどうぞ、楽しんで。愛でてやってください。
藤森はそう言い終えると、少し花畑を撮って、周囲のゴミ拾いをしてやって、
それで、アテビを置いて立ち去ろうとしました。
「あ、あッ!あの!!」
去っていく背中に、アテビが声を投げます。
「なまえ、お名前!聞いてもいいですか!!」
「藤森です。今の時期は、ほぼ毎日来ます」
藤森は立ち止まって、少し振り返って、
軽く会釈して去ってゆきます。
「フジモリさん。ふじもりさん……」
アテビは自分に、黄色い花のことを教えてくれた藤森の名前を、よくよく、心に残しましたとさ。
3/10/2025, 3:57:56 AM