お題『終わらせないで』
「主様、あの、主様」
ツカツカなんてかわいいレベルではない、どちらかというとドカドカと歩く私の後ろから困ったと言わんばかりの声がした。声の主はきっといつも以上に八の字眉になっていることだろう。
私が何に腹を立てているかというと、こけら落としをしたばかりの劇場の向かいにあるレストラン。そこで私と食事をすることになっていたはずだったのに。
だったのに。
このあんぽんたんは予約を入れていなかったのだ。
せっかくのデートだったのに。
フェネスの方から食事に誘ってくれたのに。
私からフェネスにプレゼントもあったのに。
フェネスにとって私のこの対応は理不尽以外の何物でもないだろう。そんなことくらい分かってる。それもこれもPMSによるものだということも。
「あ、あの、主様!」
不意打ちに、フェネスが私の手首を掴んできた。
「レストランの件は本当にすみませんでした! ですが、あの、俺、主様に大事なお話があって」
大事な話? なんだろう、ちらっと聞くぐらいはいいだろうか。
立ち止まってゆっくり振り向けば、ほっとしたのか、困り眉をほどいた。
「……まだ怒っていらっしゃいますよね」
それでも不安そうに揺れている瞳に絆されて、つい「怒ってないよ」なんて言ってしまった。そして口からまろび出てきた言葉は不思議なもので、私の凝り固まった心がほぐれていく。
「本当に、ですか?」
「本当に、ですよ」
私の返事に何か思うところがあったのかもしれない。口をはくはくさせてから、顔が真っ赤に染まっていく。
「や、やっぱり今日はやめておきます!」
「えっ!?」
な、ななな、何ですと!?
「それでは屋敷に帰りましょう!」
え、あ、ちょっと! 勝手に終わらせるとか、ないわー!! このプレゼントと私の想いはどこに行けばいいのよ!?
11/28/2023, 2:51:45 PM