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〜愛を注いで〜

私の母は今で言う毒親だった

若くして私を身籠った母は
父方の親族から学歴や貧しい家庭の出であることを
なじられながらも
ただひたすら認められたい一心で子育てに励んだ

だが、頑張っても頑張っても続く"悪意"に
母は次第に心を病むようになり
イライラしていることが多くなった

私は母と手を繋いだ記憶がない

買い物に行く時もはぐれまいと
必死で母のスカートを握りしめ走るように歩いた

そんな母も笑顔になることがある

手料理を美味しいと言って完食する時だ

父や妹弟が食べない様子を見て悲しそうに
不機嫌になる母を見たくなくて
私は家族が残した分も完食した

美味しいからいくらでも食べられると言って…

そんなことを続け日々が過ぎていくうち
次第に母は私の容姿をなじるようになった

今思えば素直な気持ちを
ぶつければ良かったと思うが
当時引っ込み思案で気が弱い私は
その場を逃げて部屋で1人泣くしかなかった

父は自分のことで一杯一杯
妹は母を真似る
弟は幼く跡取りとして溺愛

暮らす家に私の居場所はなかった

早く大人になって自立したい

それが小学校低学年の私の夢だった

そんな中でも年に数回行く母方の実家は
唯一心から笑えて安心出来る居場所だった

小学4年生の夏
貯めたお小遣いと夏休みの宿題
数日間着回す衣類を鞄に詰め込み
特急列車に1人飛び乗った

駅に到着して改札を抜け
古びた電話ボックスに向かう

「おばあちゃん元気?」
取り止めのない会話をした後
「じゃあ、また今度会いに行くね」

受話器を置き電話ボックスを出て
祖母の家へ向かう

当時考えたサプライズだ

祖母が喜んでくれるかもしれない…
そんな気持ちを胸に木の匂いがする
ふるさとの道を少し足早に歩く

到着早々勢い良く玄関を開け

「おばあちゃん」と声をかける

驚いた顔はすぐに喜んだ顔に変わり
名前を呼び手を握ってくれた

『ここに居て良いんだ』

素直にそう思えた

こうして毎年の長期休暇の過ごし方は決まった。

祖母の家での過ごし方は簡単に言えば
『押し掛け女房』だ

幼稚園の頃から
掃除、洗濯、料理、アイロンがけなど
女性として嫁いだ時に恥ないようにと
早くから教えられていたおかげで
大好きな人のために出来ることが
たくさんあった

また祖母から教わることは
何よりの楽しみだった

祖母は夕飯前になるといつも居なくなる

近くのお地蔵様にご飯を供えるためだと言うことは
数年後に知った

夕飯の用意を終えて祖母の帰りを待つ間
解放された玄関から山を眺める

夕焼け空が徐々に暗くなる中
蝉の鳴き声の向こうに遮断機の警報音が
小気味よく聴こえる

1人ぼっちで寂しいはずなのに
なぜか温かい気持ちになる

夕焼け色が温かいから?

蝉の鳴き声が一生懸命だから?

頬を撫でる風が優しいから?

考えていると聞き慣れた温かい声が聞こえて
また温かさに包まれる

お互いが愛を持てば
こんなに強い愛なのに…

少しでもいびつになると
途端に脆く壊れやすく
危険を孕むものになる

いびつな愛
真っ直ぐな愛
小さな愛
大きな愛
変わらない愛
新しい愛
義理の愛

様々な愛に包まれ
今日も私は愛を注ぐ

12/13/2023, 8:22:53 PM