あるところに夢子という娘がいました。
今日もまた、彼女は意地悪な継母に
虐められていました。
「まったく、お前はグズだねえ」
「ご、ごめんなさい」
継母に買い物を命じられた夢子は、
冷たい手を擦り合わせながら、
曇天の寒空を見上げます。
(ああ、こんな生活もういや。
誰か私をここからすくいだして――)
そんなことを考えていたとき、
ふいに誰かとぶつかってしまいました。
「大丈夫かい?」
差し出された手に、息をのむ夢子。
輝く金色の髪と澄んだ青の瞳。
その整った顔立ちは、まるで絵本の中の
王子様が飛び出してきたようです。
「あ、あの、はい...」
頬を赤く染めながら言葉を振り絞る夢子に、
金髪の王子はにっこりと微笑みかけました。
王子に導かれるまま、辿り着いた先は白亜の城。
扉を開けると美しい紳士たちがお出迎え。
「おかえりなさい、お姫様」
ドレスに着替え、贅沢な食事を囲み、
王子たちからは可愛いと褒めそやされ――
ずっと蔑まれ、冷たく扱われた夢子にとって、
まるで夢のような時間でした。
(こんな幸せが、私に許されるの?)
王子の手が、そっと彼女の手を包み込みます。
「ここで一緒に暮らそう。夢子」
ちょうどその時、十二時を告げる
鐘の音が響き渡りました。
「お別れの時間だね」
微かにため息をつく王子に、夢子は愕然とします。
「どういうこと?」
「ここへ来るためにはハートが必要なんだ」
「で、でも、私、持ち合わせがないの…」
「大丈夫。楽に集められる方法があるよ」
案内されたのは、お城の裏手に広がる洞窟。
入口から漏れる獣の臭いに、
思わず夢子は王子の腕に縋り付きます。
「君はとても可愛らしいから、
きっと彼らも気に入るはずさ」
耳元で甘く囁かれ、夢子は覚悟を決めます。
(たくさんハートを稼いで、王子さまと結婚するの!)
こうして夢子は、洞窟に現れる
オークやゴブリン達との戦いに身を投じました。
集めたハートは全て、
お城へ通うために使い果たす日々。
そんな生活を続けていたせいか、
夢子の心身はゆっくりと壊れていきました。
ボロボロの体を引きずり、
なんとか城の前まで辿り着いた夢子。
(夢子、僕のプリンセス)
(結婚しよう。そして、ずっと一緒に――)
脳裏に浮かぶ王子の麗しい微笑み。
美しいドレスに身を包み、
華やかな舞踏会で踊る夢子の姿。
幸せな光景を思い描きながら、
夢子はそっと目を閉じました。
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「うわ」
門の前に倒れた亡骸を見て
驚きの声を上げるボーイ。
「もうすぐ開店前だってのに。それ片付けとけよ」
苛立たしげに吐き捨てる赤髪の王子。
「どんなに美しい花でも、
いつかは枯れてしまうものさ」
一輪の花を手の中で弄びながら、
静かに微笑む金髪の王子。
彼は萎れた薔薇に口付けを落とすと、
夢子の亡骸の上へと放りました。
お題「叶わぬ夢」
3/17/2025, 6:35:29 PM