Shiro子

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お祭り。
当方、さっき従姉妹と従姉妹の彼氏さんが来て着付けしたばっかり。彼氏さんからしたら俺は『彼女のお父さんの妹の子どもしかも異性』という、素晴らしく取っ付き難い存在だっただろうが、実際暫く品定めしていたが、めちゃめちゃに懐いてしまった。是非そのまま結婚して欲しい。寿司連れてけ。

「ベビーカステラください。小さい方」
お祭りに一人で来るのはやはりおかしいだろうか。そもそも人混みも特有の匂いも音ですらも苦手なのに来ること自体、おかしい。
ここ最近、妙な全能感にずっと支配されていた。
気が狂っている。狂っているから一人で来ている。そう思った。
もうすぐ花火が上がる。有料で切り売りされているただの芝生には人々が意気込んで座り、買い食いしてはその時を今か今かと待ち望んでいた。あと十分もしないうちに花火大会は始まるだろう。それまでには帰らないといけない。
「すいません、このお面貰えます? あーうん、この半面。色……は、じゃあ黄色と黒のやつで。それです。どうも」
憎たらしいとか、悲しいとか、そうは思わない。昔からそうだったが、その時はまだぼんやりこんな感じなんだろうと想像してそれを行動に移していた。祭りはこれからだ。きっとここに居続ければ楽しいだろう。金魚すくいも射的もある。よく分からないスムージーや良い肉で作った串、ヨーヨー釣り、子どもからお金を巻き上げているであろう胡散臭くて高いカードゲームくじ。一喜一憂する人々。
「ヨーヨー一つ貰えますか。あぁごめんなさい、急いでて。お金だけ渡すんで一つ貰えると助かるんですけど」
光を映さなくなった瞳、汚く染まった爪、ちぎれたヘアゴム。不慮の事故といえばそれまでだ。だからそう思わない。その現場を見ていない。見ていない故に、友達の死に対して何も思わなかった。
ガヤガヤとした空間から抜け出し、暗い道を進む。履き慣れていない革靴はすっかり土で汚れて輝きを失ってしまった。今日初めて着たスーツも上手く着ることが出来ないまま、ネクタイピンどころかネクタイ自体せず念の為持つだけ持っている。
この度はなんて言わない。悲しめないから。友達を消した奴に怒りもしない。
「やぁ、昨日ぶりじゃん」
というか、どうしてもお土産を持って行きたかった関係で葬式はとっくに終わっていた。数珠すら持って来なかったので顔すら知らない人々には怪訝そうに見られたけれど、会場に勝手に入り、ずっと棺桶の近くで座っていた彼女にとっては安心する材料になったらしい。二人に声をかけてそこに近づいた。
「……貴方でしたか」
「どうも。これお土産。こいつはともかく食欲無いとは思うけど、二人で食べてよ」
「ありがとうございます」
カロリー爆弾を彼女に押し付け、そのまま棺桶に向かった。許可も取らずに中を見る。決して安らかとは言えないソレがそこにあり、思わずうわぁと声を出した。お土産を中に、これまた勝手に入れようかと考えてそれも辞めた。ヨーヨーは濡れるしお面はこれ焼けるのだろうか。ちょっと理解し得ないのでそれもさらに押し付けておいた。
「アイツはもう帰ってった?」
棺桶から離れてベビーカステラを摘んだ彼女の隣に座った。少し顔を曇らせた後、首を縦に振った。
「そう。きっとアイツのことだから犯人探しにでも躍起になってんでしょ」
「……そう、でしょうか」
「多分。だからさ、俺の分まで悲しんどいてね。アイツはアイツなりの方法を見つけたんだから」
背中を叩いた。ぐふ、と唸ることもなく彼女は気まずそうに目を伏せる。どう慰めればいいのか分からずそのまま立ち上がり、また棺桶の前に立つ。
「もう行かれるんですか」
「うん」
「そうですか」
また中を見て、まぁいいかと顔がある辺りにお面を被せた。てっきりアイツも居るとばかり思っていたからこいつの好きな色じゃないけれど、まぁ一ヶ月はもつだろう。
「盆までには俺らもそっち行くから、勝手に連れてくなよ」
呟いて、閉める。
友達の家族も同然だった親戚に明るく声をかけ、その場を後にした。葬式会場を出てすぐに自分のスマホを取り出しネットニュースを見てみる。宗教関係から通り魔、ストーカー、生贄、そこらのオカルト的な類までざっと見た後、どうも疲弊してしまって目を伏せた。
盆までは一週間もない。その間にアイツと、もう一人共通の友人だったアイツと会う機会を作れるだろうか。何故俺が後始末をしなければいけないのかとつくづく思うが、最早どうでもいい。オカルトは信じないが約束してしまったからにはその通りにしないと、本当に、一二を争うレベルで悲しんでいる彼女を連れてかれるのは困るのだ。俺とは違って。
結局はお互いの気が済めば良くて、アイツが出来ないのなら俺が代わりにしてやってもいい。俺には彼のようなストッパーの役割なんぞ到底果たせないのは分かっていた。頭で考えるより身体で動いた方が楽で、実際俺ならきっとなんでもできる。別に俺は何がどうなろうがどうでもよくて、アイツが道を外すなら俺も外すだけだった。
彼女の目に触れないようにしさえすればなんだっていい。ちゃんと悲しめている彼女の邪魔だけしなければいい。だが邪魔していて、道連れにされないのがほんの少し気に食わないというだけで。
はぁ、と深い溜息を吐く。最早幸せなんていくら逃げても今なら特段変わらないと思った。
「今から復讐しても、後の祭りだろうにねぇ」

7/28/2023, 11:15:44 AM