【遠くの空へ】
「んぇええマジで大丈夫でゴザルか!?」
「ほんとお前の喋りキモいな! オタクくんちょっと大人しくしてろ!」
キモい、と言いながらヘルメットの中の顔はにこやかだ。元々黒髪なのを真っ青に染めて、顔にも大量のピアスが開いている。それでも航行が許されるほど、パイロットの敷居は下がっていた。
「ヒェ……た、高〜……」
対して先ほど「オタクくん」と呼ばれた方は、伸縮パイロットスーツがぷっくりとしている程度には太ましい体をしている。今は梯子を登りながら下を見て怯えている始末だ。
「ウソこけ、いいからはよ昇れ!」
「うわ〜んオタクにやさしくないギャル男でござ〜!」
「だぁもう俺はギャル男じゃねえっつの!」
しかし実際のところ、オタクくんは順調に梯子を昇っていた。ふうふうと息を吐いているが、手が緩むことも足を踏み外すこともない。半重力空間、つまり地球相当の重力圏外に出るための準備区画だ。本来なら重心のズレや浮遊感があり、訓練を重ねてもそこそこの揺らぎが起こる。それなのに、まったくそれを感じさせない動き。ギャル男はその背中を見て目を細める。
「オタクくん、お前メインコックピットな」
「ヒィ……無茶言いなさる」
「バッカお前、お前じゃないと追いつかねーんだわ」
早く乗れ、とコックピットに向かって目の前の尻を叩く。「うわっとっと」とわざとらしく転がり込むが、すぐに姿勢を正して座席に座った。
「いいんでござるか、メインのが楽しくない?」
「……そりゃっ……メインは楽しいに決まってんだろ、いいから早くチェック始めろ!」
振り返る彼に、ほんの僅かな間。ギャル男だってメインに座りたい気持ちはある。ただ、そこには諦めと納得があった。このオタク、肉体は緩んでいるが実力者だ。クラスで馬鹿にしている奴らは何を見ていたのだろう。体術試験で成績が中程度だったのは、攻め手が弱いからではない。相手の稚拙な攻めにたいして、怪我をさせない受け身が異様なほど上手かったからだ。その稚拙な攻めをやってしまった自分を、ギャル男は知ってしまった。だからオタクくんに声をかけたのだ。「オタクくん、なにしてんの」と。彼はあるいみガチのオタクであった。パイロットシミュレーション施設の利用時間が他の生徒の倍以上、許される時間はとことん施設にいた。それほどの研鑽があってなんであの体なのかと思っていたら、いくらか持病があり、その薬の副作用らしいと知った。ギャル男は、そうしてでもパイロットになろうとしている彼を知った。オタクくんは本気だった。とりあえずパイロットなら食いっぱぐれないし、でクラスに所属していた自分を恥じた。
頬が赤くなってしまっていたのが見えたのか、オタクくんが「熱でござるか」と手を伸ばす。当然、ヘルメットに阻まれて届かなかった。
「おっと、ヘルメットが。へへ、拙者馬鹿でござるなぁ」
熱を見ようとしたんだろう。照れ笑いを浮かべる彼が、妙に、そう、妙にイイやつに思えてならない。実際イイやつだ。シミュレーション施設で、何度も操作のコツを教わった。自分の練習時間が減るのも厭わずにやってくれた。座学もそうだ、一緒になってわからないところを教員に聞きに行ったりもした。教員が目を丸くしてたのは、どういう意味だったんだろう。
そのイイやつを、みんなに見せびらかしたい。コイツは凄いんだって言ってやりたい。
「……バーカ」
コックピットのカバーを閉める。透明な強化プラスチックとガラスを重ね合わせた上に、ホログラフィックで各種情報が展開されていく。オタクくんは「そうでゴザルね」と笑って正面に向き直った。
オタクくんは、クラスに友達がいない。ギャル男はそんなことはさすがに、と思っていたのだ。座学は優秀だし、喋りもキモさを除けばそこそこ面白い。化学実験でも成績がいい。けれど、クラスのヒエラルキーはもっぱら「映える」か「オシャレ」かだ。それはギャル男もそうだった。今となっては、「目が覚めた」と思っている。けれどまだみんなに届いていない。正直独占したい。オタクくんのすげーとこは俺のものでいいと思ってるフシさえある。でも、実機試験、ツーマンと言われて、一人残されて「じゃあ、オートボットと一緒に」と言われた時のオタクくんの寂しそうな顔が、どうしても見てられなかった。
「ジェットパック、チェック。タンク容量、チェック。銃座の残弾数、チェック」
「バリアシステム、グリーン。コントロールシステム、グリーン。ライフライン、グリーン」
「ライフラインシステム、でござるよ」
「……ライフラインシステム、グリーン」
「酸素、チェック。バランサー、チェック」
「オートバランサー、だろ」
「うふ、オートバランサー、チェック」
コックピットのパネル、ガラスのホロ、左腕についたコマンダーのチェック項目をタップしていく。
「最高速後制限確認」
「最高速度、時速100km相当まで可」
「うーん、法廷最高加速でも3Gかからないくらいでござるね」
おっ、とギャル男は声を上げた。
「マジか。最高速行く?」
「勿論、我々のチームは出発が三百秒以上遅れておりますので」
足元のストッパーにブーツの踵をはめ込み、深く腰掛ける。
「任せたぜ、オタクくん」
「任されもうした!」
先ほどまで、「先に組んでいた御仁と!」「その機種は不得手故!」と必死に同行を断っていたとは思えない、まっすぐで心強い言葉。ギャル男も最終のシートベルトをチェックする。航行実機授業は、燃料の半分を使用するまでに最も早く、最も遠くまで行く競争だ。最高速度が出れば慣性で相当行ける。
「カタパルト準備、完了」
とギャル男が声を出す。サブコックピットの役割は、障害物の把握と伝達。メインコックピットはそれを受けて、最適解で障害物を避けること。実戦なら、サブは銃撃戦、メインは白兵戦に向く。ギャル男は銃撃であれば遠近を問わず高得点が取れていたし、ナビゲーションだけならクラストップだ。目立つ技能ではないので軽視されがちだが、必ず役に立つ。
「カタパルト射出、カウントダウン」
ハッチが開いて、宇宙が見える。瞬く星と、先に出発したクラスメイトのジェットの青い炎の色が、視界に入ってくる。左右から伸びた信号機がライトの数を減らしていく。三、二、一……機体がカタパルトのレールを滑り、体に重力がかかる。ガッコン、と音がして射出が完了するなり、ゴオッとジェットが後部で炎を吹いた音がした。
「では、最高速まで四秒、気絶めされるな!」
「おう!」
レバーを前方に倒す。コックピットの外の星の光が歪む様な速度で、機体はまっすぐに星間を突き抜けていった。
4/13/2026, 3:03:10 AM