「祈りって、最後はこうするんじゃないの?」
彼女は小さな地蔵に向かって白い花を吹いた。地面に落ちたむくげの花の中から、まだ散ったばかりの綺麗なものを拾い上げていたのだ。
「花びらを撒く行為には、どんな意味が込められている?」
「願いだよ。地蔵さんには手を合わせて願いを込めれば、それで十分らしいね。ただ、私の祖母が手を合わせた後、よく花びらを撒いて遊んでいたんだ」
こうやって、と彼女はもう一度、花びらに息を吹きかけた。地蔵にひらひらと花びらが舞う。くるりと弧を描いた花びらの先には、地蔵の微笑みが浮かんだ。
「なるほど、遊びか。もしかしたら、君のおばあさんは、子どもの頃にその遊びを覚えたのだろう」
「多分そうじゃないかな。手を合わせても、本当に願いを聞いてくれたのか分からない。そしたら、名前をちゃんと言って、いつも見守ってくれてありがとう、叶えて欲しい願いがあるから、このお花をあげる。はい、どうぞっていう感じで遊び始めたのかも」
「興味深い話だ。おばあさんの遊びが、孫に当たる君にも伝わっているとは、よほど楽しかったのだろう。もう一度、見せてくれないか。君たち家族に受け継がれた祈りを是非、記録させてくれ」
彼女は照れくさそうに笑って軽く頷いた。彼は慣れた手つきで、胸ポケットから革製の手帳を取り出す。
開いた手帳の頁と見つめる彼の瞳を、彼女は盗み見るように眺めた。鳥の羽のように厚く覆われたまつ毛の影に、瞳が星のように瞬いている。今は好奇心の輝きに満ちている。
彼女の姿を認めた時の瞳の色が気になって、じっと眺めていたが、彼と目が合うとすぐに横を向いた。木陰の下、むくげの花が散っている。彼女は一瞬迷ったが、花を拾い集めて、再び地蔵の前に手を合わせた。
手のひらにたくさんの白い花を乗せて、私は−−です、今日も見守ってくれてありがとうございます、私の想いが聞こえますか、聞こえたらあの人にも教えてください、そしたらこの花を地蔵さんにあげましょう。
「はい、どうぞ」
彼女は、胸の奥にあるたましいの底から息を吹いた。
(250709 届いて……)
7/9/2025, 1:32:43 PM