サチョッチ

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見慣れた商店街の路地裏の向こうには、色のない黒い街がある。住人は皆影、影、影……顔の見えない人ばかり。窓辺の看板猫すらも、本当に黒猫なのかは知らない。空はいつも夜みたいに真っ暗。時計はあるけど朝はない。ポツポツと灯る街頭の明かりを辿りながら、横目で小さなお店の並びを眺める。ショーウインドーの小さなランプに照らされて、不思議なアンティークの小物が光っている。ここの人たちは、とても優しい。声も言葉も無いけれど、なんとなく、動作の一つ一つが温かい。彼らが営むこの街が、とても愛おしい。今は心の穴を埋めるために時折訪ねてくるだけだけど、近いうちに、私もここに住むことにしようかしら。
はたと足を止めて振り向いた先、目についたお気に入りの喫茶店のメニューボードに、見慣れない名前があった。ざっくり見るとスイーツらしい。
「あ!新作出したんだ!」
私は心が踊るまま、いつもより軽い足取りで店のドアを潜った。カランカランとなるベルの音を、影の行き交う石の道が静かに聞いていた。

「黒い街」Ⅰ

6/12/2023, 9:21:20 AM