『二人ぼっち』
入学してから一年半、図書室を開ければいつもの如く君はいた。
君はチラとこちらに目をやると、『時すでにお寿司』と刺繍されたナップサックから一冊の本を取り出して、僕に向かって差し出した。
僕はそれを受け取って、代わりの本を君に差し出す。
(こうして毎週金曜日、放課後にオススメの本を交換しだしたのは何時からだったか?)
お互いに無言のまま、僕は君から一番離れた席へと移動する。
そしてまた……二人ぼっちの時間が始まる。
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この高校に入ってから約一ヶ月。
主要な教室の場所をだいたい覚えて、学校で迷う事が無くなってきた時頃。
僕は学校内に自分の安らげる場所を探していた。
……いわゆる、穴場スポットのような場所だ。
例えば空き教室。
どこの教室も鍵がかかっていて自由に使わせては貰えなかった。
例えば屋上。
そもそも屋上への階段は封鎖されていて行くことは出来なかった。
例えば図書室。
建てられたばかりの新校舎なので明るく綺麗、それに加えて多くの人が訪れてきて落ち着かない。
(中々見つからないなぁ)
そんな事を思いながら、入学した時に渡されたパンフレットの案内図を見ていると、旧校舎の文字が目に入る。
……どうやら旧校舎にも図書室があるらしい。
(明日はそっちを探索してみるか)
── 次の日 ──
そんなこんなで翌日の放課後、有言実行とばかりに旧校舎へと足を運んだ。
こちらの校舎は三年生の教室があったはずだ、一年生と二年生は新校舎。
普通は逆だろうと思ったが、どうも三年生の多数がこの旧校舎に強い想い入れがあったらしく、そんな風に決まったとかなんとか。
あまり詳しくは知らないけれど、とにかく多くの要望があっての事なのだろう。
当たり前だが旧校舎の外観は新校舎と比べると寂れて見えた。
外壁に蔦が絡まっていたり、罅の入っている場所だってある。
そんな事もあってか、全体的に何処かノスタルジックな雰囲気を纏っていた。
……こういう雰囲気は大好きだ。
自分のテンションが上がるのを感じながら、手に持っているパンフレットへと視線を落とす。
(図書室は……一階の角か)
校舎に入り数分後、目の前の教室のネームプレートを見上げると、少し汚れたそれにはこう記されていた。
『図書室』
……やっと辿り着いたらしい。
少しのワクワクと期待を胸に、僕はついにドアを開いた。
図書室を覗いてまず目に入ったのは女子生徒だった。
誰か入って来るとは思っていなかったのだろう、先程まで寝ていたのか慌てた様子で姿勢を正している。
……正直自分も誰かがいる可能性を失念していたので驚いた。
そうして少し驚いていたのも束の間、僕は直感した。
(……あぁ、同類か)
すっと視線を切る。
そのまま適当な本を探して空いている席へと座った。
……もちろん彼女からは一番離れた席である。
今更だが僕はコミュ障だ。
入学してからこれまで友人は居ないし、これからも作れる気がしない。
自信を持ってぼっちだと言えるだろう。
だからだろうか?
自分と感性の近い人間かどうかが何となく分かるのだ。
ドアを開けてから数秒間だけ視界に入った女子生徒を思い返す。
髪はボサボサのセミロング。
テーブルの上に置かれていたのは黒縁メガネ。
何故か持ってきているナップサックのようなものには、『時すでにお寿司』の文字が刺繍されていた。
そして扉が開いた事に驚いていたあの反応、まさしく自分を見ているようではないか。
ガサツさ、センス、雰囲気の三拍子。
既に証拠は出揃っていた、彼女は間違いなく同類である。
そうと分かれば話は早い、お互いに無視をすればいいのだ。
それが精神安定上もっとも良い選択である。
あちらも僕には興味が無いだろうし、こちらも彼女に興味は無い。
出来れば一人が良かったが……僕が後から入ってきた身だ、贅沢は言えまい。
お互いぼっちだし気にするだけ無駄だろう。
── 一年半後 ──
図書室を開ければ、いつもの如く君はいた。
……お互い名前も知らないけどね?
3/21/2023, 5:43:03 PM