りくのいるか

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失われた時間



バイトの先輩に凄く優しい男の人がいて

一緒にお仕事をして、たくさん教えてもらって

気が合って、とても楽しかったので、

また一緒のシフトにならないかなぁと心待ちにしていたのに

なかなかシフトが一緒にならないので残念に思っていて

たまに見かけると、つい目で追ってしまい

同期の人が、いつも一緒になるよと自慢されて

「良いなぁー…。」

と、身を捩っていたのを、先輩本人に聞かれてしまった。

好きバレしたようだなと思っていたら

イベント最終日に休憩室にその先輩からのチョコスフレの差し入れメモが有り

残り1個しか無かった。

私はアトピーが有り、ショートニングや植物油脂が入っていると、身体にアトピーが出まくる

…あの先輩がくれたお菓子なら食べてしまおうかと迷っていたら

先輩ご本人様が登場し

「皆さん、スフレは食べましたか?ちゃんと全員分買ってきたんですよ。」

と、微笑んだ。

グッ……あと1個だと?誰か2個とか食べたな?!

「あ、私食べてません。」

違う先輩がスフレに手を伸ばした

「あ、どうぞどうぞ。」

優しい男の先輩は微笑んだ。

女性の先輩方と並んで座って休憩していたので

スフレなんか1口も食べていないのに

他の先輩方と一緒に

「ありがとうございます。」

と、言ってさびしさをグッと飲み込んだ。

いつも私から見える位置で他の女性バイトさんと仲良く話しており

私にだけは話しかけてくれないでは無いか……。

私が優しい男の先輩から差し入れでいただいたのはチョコスフレのように甘くてほろ苦い気持ちであった。


休憩が終わり、新人終礼に参加していたら

すぐ後ろの見える位置で

その男の先輩が会社のバイトで1番可愛い若い女の子と楽しそうに話していた。

思わず見てしまって慌てて終礼に集中しなきゃと視線を戻した瞬間

「いやぁー視線が突き刺さるなぁ!」
その男の先輩のとびきり大きな声が響いた

気持ちを弄ばれたのである。

なんだか凄く悔しくなった。

何も無かったのだが

私の恋は終わってしまった。

失われた時間を返して欲しいとまで思った。

私はもうすぐ他のバイト先に出向するし

その前のシフトもかぶらない。

その先輩にはもう会えないのだ……。

さよなら先輩。

黙って消えます。

あんまりおばさんをからかわないようにしてください。

あなたもおじさんなのだから

お互い失われた若い時に家族も作れず、こじらせてしまったのですね……。

あなたの買って来てくれたチョコスフレは私には届きませんでした。

若い娘さんに嫌われないと良いですね

親切に仕事教えてくれてありがとうございました。お幸せに。

私は終礼で

「これからはあなたはもう新人じゃありません。」

と、卒業おめでとう的なお言葉を指導教官からいただいた。

さようなら先輩。スフレの泡のようにスッと黙って消えます。

昔、読んだ人魚姫の海の泡になってしまう最後のページを思い出し

優しくしておいて残酷な王子様のあだなさけだったな……と

涙を堪えながら

その場を去った。

しかしながら、他の男の先輩もあと4人は親切であった


実は最高に幸せである。

袖にされてたまるか。

私は誇り高い。

今に見ておれ。

私が残り1個のチョコスフレみたいなもんでしたよ先輩。

私は新人ではなくなった瞬間、人魚姫を卒業し、魔女になった。

5/13/2024, 11:20:27 PM