「アンタが生まれた時、周りには硝煙と死の匂いが漂っていたんだよ」
取り上げた赤ん坊を拭いてやりながら、おばさまはいつもそう言う。
大抵、私はその時、人肌ほどのお湯を、桶にひたひたに張ったり、真っ白で柔らかなガーゼ布を固く絞ったり、チラと蝶番の光る小木箱の底に脱脂綿を敷いたり、細々と手を動かす。
おばさまの向こうでは、おばさまのお弟子さんの姉さんが、母親の額に浮いた汗を布で優しく拭いながら、何やら話している。
初めて自らの臓器で空気を貪って、激しく泣き喚く呼吸と、一仕事を安堵に満たされて、味わうように穏やかに吐く呼吸とが騒がしく交錯するこの部屋で、しかし、おばさまの声は自然と、穏やかに、はっきり、響くのだ。
特に私の鼓膜には、この時のおばさまの声が、一番柔らかく、はっきりと響く。
おばさまは手早く、赤ん坊を繋いでいたものを切り離して、赤ん坊を清潔なおくるみに包んで、続ける。
「誇らしく思ったよ。人が生きるために、涙さえ捨てて、命も投げ捨てて、奪い合ってるその中で、やっぱり人は産まれて、泣くもんなんだって。絶望の只中でも、やっぱり命は生まれるんだって。それが真実で、美しいことなんだって、そう誰かに、何かに諭されたようでね」
おばさまが、くるんだ赤ん坊を母親の元に寝かす。
誰ともなく、静かな温かい嘆息が漏れて、穏やかな幸福感が満ちる。
同じ場にいるはずなのに、その幸福感すら、私にはどこか遠くて、優しい厚みを持ったおばさまの声だけが、はっきり近くに、私に響く。
「神様か、仏様か、とにかく何かそんなものがね、贈り物をしてくれたような気がした。こんな場末の、人類の歴史にありふれた、どうしようもない地獄に住む私たちに誰かが、希望として贈ってくれたように思えたんだ。私たちにとっての救いだった」
おばさまが暖炉で小さな鍋を火にかける。
何度も取り上げ、掬い上げてきた、年季の入ったガサガサの指で、今生まれた母子のために、脱脂乳を温める。
じっ、と、液体を温めるとろ火を見つめながら、おばさまはいつも言う。
「私たちにとっての、これ以上ない贈り物だった。『あなたへの贈り物ですよ』って言われた中でも一番の贈り物みたいに思ったんだよ」
でもね、とおばさまは続ける。
「でも、アンタは私への贈り物じゃない。『あなたへの贈り物』って渡されたものであろうとしなくていいんだよ。…私がこの瞬間を、この生殖を尊く見ているからって、アンタもそうである必要はない。この瞬間を、アンタが恐れたって、憎んだって構わない。その権利は、アンタにあるんだよ」
私に言い聞かせるように、そして自分自身にも言い聞かせるように、おばさまはいつもそう言う。
そう言われても、私は…戦場で、子を産んで息絶えた妊婦からおばさまに取り上げられた私は…、養母のおばさまの、その言葉の中の愛を、真意を、感じることはできても、理解はできなくて、結局いつも黙って小木箱の蓋をそっと閉じる。
そして、優しいおばさまに、何も返せずに細々と手を動かすことになる。
おばさまは決まって、そんな私に切なく微笑んで、鍋の取手に手を伸ばす。
おばさまの骨太な指の節々の皺に、おばさまの過去の影が指す。
私は、それに何も言えない。
喉が張り付いたように、いつも何も言えない。
そして、おばさまの目が私の視界に入って、その瞬間に、心の中で、弱々しく、しかしはっきり思う。
「私は、私がただ、あなたへの贈り物だったとしても構わない。私はあなたへの贈り物。それでいいの」
でもそれは言えない。
それを言ったら、言ってしまったら、私もおばさまも、ダメになる気がするから。
だから私は黙って、戸棚から哺乳瓶とマグカップを取り出す。
おばさまの、節くれだった影の指す手に、それらを差し出す。
おばさまは、切なく笑って、我に帰ったようにそれを受け取る。
おばさまの意識は、私から母子に移り、おばさまの手際が、現実味を増す。
私はおばさまのその背を見つめる。
丸く曲がったその背を。
そう遠くない、うんと遠くに、幸福感が満ちている。
おばさまは、そちらへ向かう。
私は、それを眺める。
おばさまの背を、見送る。
そちらへ行くための言葉を、私はまだ知らないから。
1/22/2025, 2:44:47 PM