ルー

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「はぁい!」
 ドアチャイムを鳴らされ、大きな声で変事をした雅子。しかし……。誰が来たのか、分かっているのか。特に、急ぐ様子は見られない。
 玄関のドアを開けたそこに立っていたのは、大きなバッグを肩に掛けた青年。
「あら。和也くん。こんにちは」
「こんにちは。あのぅ。また……、御願い出来ますか?」
「うん。いいわよ。どうぞ」
 雅子の返事を確認してペコリとお辞儀をして、中に入った和也。
「あの……。お母さんが、これを」
 そう言って、タッパーを差し出した。
「ありがとう。いつも、悪いわね」
「いえ。迷惑を掛けているのは、僕の方ですから」
 受け取ったタッパーの中身を、雅子は確認する。
「わぁ! 肉じゃが。助かるわ。今夜のメニュー、何にしようか迷っていたのよ」
「そう言って貰えると、助かります」
 そう返した和也が、リビングに入って支度をする。
 カーテンを全開にして、テラス窓のサッシも開け放つ。途端に……。身体を震わせるほどの轟音が、室内に響き渡る。
 和也がバッグを開けて取り出したのは、大きなカメラ。かなり仰々しく、プロのカメラマンか……と思うほどである。ドでかい望遠レンズを取り付け、立てた三脚にそれをセットした。

 ここは、アメリカ空軍基地を見下ろせる高い場所にある住宅街。雅子の住むマンションも、そこに建っている。
 しかも……。雅子の住まいからは、米空軍の滑走路を真っ正面に眺めることが出来るのである。
 マンションの窓は防音サッシになっており、閉め切っていれば音もそれほど苦にならない。
 和也は、隣の住人で、かなりのミリタリーオタク。大学に通うか、自宅で過ごすか、雅子のところで米軍機にカメラを向けているか。生活パターンは、この三つのうちの繰り返しである。

「わぁ! すっげぇ!」
「うわっ! いいアングル、逃した」
「やった! バッチリ!」 
 一喜一憂しながら、尚も米軍機をカメラで撮っていく和也。雅子がコーヒーを出しても、返事すらしない、そんな彼を見て、クスクス笑う雅子。

 しばらくして……。ドアチャイムが、鳴らされた。相手は、かなり慌てているのか、ドアを乱暴にドンドンと叩く。
「はぁい!」 
「サブさんですよ。きっと……」
 和也の言葉に、雅子は……。
「仕様がないわね。まったく」
 呆れた笑みを浮かべながら、玄関へと移動する。
 ドアを開けたそこに立っていたのは、いかにもその筋と分かる背広姿の男である。
「あら。どうしたの? サブちゃん」
「雅子さん。済まない。これ、ちょっと預かってくれないか? ガサ入れ、入りそうなんだ」
 そう言ったサブが、雅子に差し出した……いや、突き付けたもの。それは、小さな四角い紙包みである。
 可愛らしい紙と綺麗なリボンで、丁寧にラッピングされている。しかし……。受け取った雅子が重さを調べる仕種を見せたことから、中身が安易に想像出来る。
「また、危ないことに、足を突っ込んで……。駄目よ。京子を困らせちゃ」
 雅子の呆れた言葉に、サブは……。
「申し訳ございません。このお礼は、キッチリさせて頂きます」
 それだけ言って頭を下げ、足早に走り去っていった。

 歩いて数分のところに、その筋の事務所がある。京子は、雅子の同級生で親友。その筋の組の姐さん……と言う、オマケまで付いている。
 そんな訳で……。面倒ごとがあると、雅子のところに駆け込んでくる。
 ただ……。そのせいか、雅子は夫にブランド物ねだったことがない。

 夕方……。和也も母親が呼びにきて居なくなり、入れ替わりに夫が帰ってきた。
「どうだった? 今日は」
 背広の上着を脱ぎ、ネクタイをゆるめて、そう訊いた夫。そんな彼に、雅子はビールとグラスを出して返す。
「いつもどおりよ」

3/12/2023, 2:13:11 AM