知らなかった
私があなたのことを大切に思っていたことを
知らなかった
あなたとの別れの日が来ることを
知らなかった
あなたの旅立ちがこんなにも虚しく、胸を締め付けられるものだと言うことを
―――私は何も知らなかったのだ。
"家族"だからあなたはいつもそこにいて。でも、おはようもおやすみの挨拶も無く、特別に会話することも無い。ただ必要最低限の会話を繰り返すだけの毎日だった。
お互い好きも嫌いもないそんな存在だと思い込んでいた。
ある日、あなたが家を出ていくことを知った。県外の学校に行くらしい。その時はそんな話を聞いても特に思うことは無かった。
しかし、旅立ちの日に近づくにつれ、あなたの物が減るたびに妙に胸がざわついてくるのを感じた。どうしてこんなにもざわつくのか分からず、私はそのざわつきを掻き消すように大音量で音楽を流した。旅立ちの日の前日はなかなか寝付けなかった。
旅立ちの日の当日。あなたは挨拶も無く家から消えていた。荷物を詰め込んだキャリーバッグも歩きやすそうな靴も薄手の上着も何もかもなくなっていた。リビングのテーブルにあった置き手紙には母の字で『起こしても起きなかったので飛行機にお見送りしてきます。』とだけ書かれていた。
私はふらふらとあなたのいた今はほとんど物がない部屋に行き、ヘタリと床に座り込んだ。いつの間にか私の目からは大粒の涙が溢れていた。そこでようやく気がついたのだ。私はあなたの旅立ちが悲しかったことを。寂しいと感じていたことを。
あなたが旅立っても今までと変わらない毎日を過ごすのだと思っていた。必要最低限しか会話なんてしなかったし、それなのに寂しいと感じるなんてかけらも思いはしなかった。当たり前のように一緒に過ごしていて何も気づかなかったのだ。
私は涙が枯れるまで声を上げてただただ泣いた。
泣き続け、しばらく経った頃にポケットから着信音が聞こえてきた。スマホを取り出し、通知を見てみると今日旅立ったあなたからのメッセージだった。
『またね』
その一言に私は嬉しいあまりに再び泣いたのだった―――。
―――――――――
私はあなたの乗った飛行機が見えないかと外に出た。
眩しい陽射しの下で心地よい風が身を包む。いつかあなたが家に帰ってきたとはいっぱい話そう。何度旅立ちがあろうとももっと話しておけばよかったと後悔しないように。この寂しさが消し飛ぶくらい。
当たり前すぎて今まで気がつかなかったけど、
あなたが私の家族で良かった。
―――今まで、ありがとう。どうか元気で―――
どうかこの言葉が風に乗って旅立ったあなたに届きますようにとただ願う。
私は青く澄み渡る空に浮かぶ眩い飛行機に手を伸ばした。
4/29/2023, 4:12:04 PM