第十六話 その妃、赤く染める
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
離宮の妃は、誰にも見つからないのをいいことに、存分に一人を満喫し、そしてやりたい放題している。
今度は赤根が欲しいと言われ、採って来てみれば何だ。襷掛けまでして、今から染め物でも始めようというのか。
『ご存じと承知の上で進言させていただきますが、赤色は帝と皇后……つまり正妃しか身に付けることができません』
『相変わらずつまんない男ねえ』
自覚した今となっては、十二分に効果抜群な言葉である。
『否定はしませんが、そのつまらない男の意見も僕は一理あるかと』
『つまらない男の方は、否定してもらって構わないんだけどなー』
『ジュファ様。あんた、都に乗り込むつもりでしょう』
『うん。断然そっちの方が優先事項だね』
初耳話にその先を問い糺そうとするも、自由な妃は染め物に全力を注いでいる。
どう思うかと心友に目配せをしてみるも、彼にもそれ以上の意図はわからないようだ。
『堪え性がないから、長期戦は向いてないのよ』
一通り染め終わってから、結い上げていた黒髪を下ろした妃は、ふうと息を吐きながら庭の木にもたれかかる。
『お言葉ですが……』
『わかってるわ。君は何度も否定したものね』
我々が成そうとしていることは、決して一朝一夕でできるものではない。ゆっくり時間をかけ……それこそ何年もの歳月をかけるべきなのだ。
国一つ滅ぼすなど、そう簡単にいくものではない。
『でもそんなことに時間を費やすよりも、もっと大切なことがあると思わない?』
『国が滅んでしまえば、時間などいくらでもできますよ』
『そうね。けれど……』
妃は、静かに口を噤んだ。
上手く言葉にできないのか、少しだけもどかしそうに。
『それでも、時間は有限だ。ないよりはあった方が有意義に使えると思うよ。……もう、後悔したくないだろう?』
精一杯の意図を汲んで言葉にする。
友人は、困った顔のまま苦笑を漏らしていた。
『まあ可能ならば、それに越したことありませんけどね』
『【短期決戦全力投球】でいくわよ』
『つまらない男と一緒よりは楽しめそうか』
『ふふっ。退屈だけは、させない予定よ』
『適度でお願いします。あなたが言うと、冗談には聞こえないので』
さっさと腰を上げた友人は、どうやらその時間を使って、大切なことに使うらしい。
『時間は有限。そう言ったのはお前だからな』
そして擦れ違い様にとんと肩を叩いた友人は、含んだ笑みを残してさっさと帰っていった。
『あんたは後、輿の準備しといてね。程よく質素で程よく品のあるやつで』
気付いていないのか、それとも気付いていない振りをしているのか。
再び染め物を始めようと、髪を結おうとしている手を、そっと掴んだ。
『……どうしたの?』
嫌がられると思った。振り払われるとも思った。
でも、そうはならなかった。
『お願いが、あります』
――もしも、全てが終わったら。
『どうか、僕の話を聞いていただけないでしょうか』
――あなたにどうしても、伝えたいことがあるから。
ゆっくりと手を離すと、必死さが窺えるほどには白魚のような手が赤くなっていて、思わず慌てて謝罪する。
『……つまんなかったら承知しないわよ』
『善処致します』
約束を取り付けて喜んでいたつまらぬ男は、この時のことを一生後悔することになろうとは、つゆほどにも思っていなかっただろう。
さっさと染め物に取り掛かった妃の表情を、ちゃんと見ておけばよかった。
見ていればもしかすると、未来は変わったいたかもしれないのに――……
#伝えたい/和風ファンタジー/気まぐれ更新
2/12/2024, 3:42:45 PM