シオン

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『拝啓 神様へ

 下界、もしくは人間界などと呼ばれる世界ではそろそろ花が芽吹きうららかな光が大地に降り注ぐ季節となりました。
 そちらはいかがお過ごしでしょうか。
 到底貴方様に手紙などをしたためたところで、貴方様のお手元に届くかどうかすら、僕には皆目検討もつかない次第ですが、こうして書いてみております。
 貴方様から見放され『堕天使』などという者になってしまった次第ですが、僕は貴方様のお心にある、僕が反省して詫びて欲しいという気持ちと裏腹に幸せな日々を送っています。
 僕は天使になって初めての仕事である下界研修をわずか一日足らず(正確には一晩)で終え、その後僕が今いる『ユートピア』にやってきました。
 素晴らしいところです。
 天界のように腑抜けている訳ではなく、かと言って死ぬほど忙しい訳でもない。うららかな日常が主として流れ、たまに仕事をする、なんて調子のいい世界でございます。
 ここで僕は『ユートピア』に来てしまった迷い子を元の世界に返す仕事をしていますが、なかなか大変ではあります。人間、というものの思考回路は非常に千差万別であり、どうも上手くは行きません。ですが、非常に楽しい仕事です。
 ところで僕が貴方様に文をしたためた理由というのは、僕が恋をしてしまったからです。
 天使、そしてそれに準ずるものは原則として恋愛というものが禁止されていますね。あまり神が増えたりせぬように現神様のみが子孫繁栄をできるというシステムだった気がします。
 ですが、僕は天使から外れた身。
 ということは僕が恋愛をすることは許されるのでしょうか。
 僕の恋した相手はこの世界の『権力者』と呼ばれている子です。本名はメゾ、ですね。
 ピアノの音色を聴いているのが好きなようで、でも僕のことは嫌いみたいです。彼女は『権力者』などという大層な名前をしておりますが、実質のところ下っ端のようです。そして、とても、弱い。
 僕はそんな彼女がたまらなく可愛い。だから付き合いたいのです。
 許可をくれ、なんて言っておりません。神様には『はい』、または『関係ない』と言ってもらいます。
 それでは。

       敬具 フォルテ、もとい演奏者より』
「⋯⋯⋯⋯くだらないな」
 出さぬつもりの手紙を書いた。
 そもそも天界に届ける術がない。
 つまり、そういうことなのだ。なんとなく気持ちを整理したくて、それだけの為に書いた代物。
 ⋯⋯⋯⋯早く、彼女を手に入れてしまいたい、なんてのが本心であるかを確かめるための代物で、実際的に本心であった。
 さて、それなら、彼女を手に入れなくてはならない。
「どうやって手に入れるか⋯⋯⋯⋯」
 零れる笑みを抑えられるわけがなかった。

4/14/2024, 3:48:27 PM